夕日(作詞:葛原しげる、作曲:室崎琴月)ぎんぎんぎらぎら…

唱歌・童謡

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朝晩は冷え込んできて、暖房なしでは生活できなくなってきました。でもたまに一瞬春かなと思うような日もあって、そんな日はついお散歩に出かけたい気持ちになります。

さて今回は、童謡「夕日」。「夕焼小焼」とかに比べるとあまり有名ではありませんが、お歳を召された方だとご存じの方も多いかもしれません。

夕日を “ぎんぎんぎらぎら” と表現しているのが大きな特徴ですね。一度耳にしたら忘れられないオノマトペです。

では、早速解説に入っていきましょう!

歌詞と意味そして解釈

まずは歌詞から確認し、情景等を把握してみましょう。

歌詞

歌詞は、1921(大正10)年の童謡雑誌『白鳩』に掲載されました。歌の発表も同年です。

ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む
ぎんぎんぎらぎら日が沈む
まつかつかつか空の雲
皆のお顔も まつかつか
ぎんぎんぎらぎら日が沈む

ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む
ぎんぎんぎらぎら日が沈む
烏よ お日を追つかけて
眞赤に染まつて 舞つて來い
ぎんぎんぎらぎら日が沈む

原詩では、1番・2番共に最後の行だけ無かったようですが、作曲者の室崎琴月(むろざききんげつ)が作詞者の葛原しげる(くずはらしげる)に許可を得て付け加えたのだそうです。

歌詞の意味や言葉の解説

歌詞の言葉自体はそこまで難しいものではないですが、引っかかるとすれば “お日” という言葉かもしれません。読むと理解できても、耳で聞いただけだと一瞬フリーズしそうです。普段なかなか “お日” とは言いませんからね。

“夕日” は夕方の太陽やその光、 “日” は太陽やその光を指しますが、その2つの意味を厳密に区別する必要はありません。今回、その2つは言葉遊びのように対応しています。

言葉遊びといえば、”まっかに染まって 舞って來い” もそうですね。”まっ” という押韻がとても気持ちいいです。

目玉である “ぎんぎんぎらぎら” という擬態語(オノマトペ)は、もちろん夕日の輝かしさを表します。当初作詞者は “きんきんきらきら” としたそうですが、小学2年生の娘に、きらきら→澄んでいる・朝日、ぎらぎら→濁っている・夕日 と指摘されて “ぎんぎんぎらぎら” に決定したみたいです。濁音になっただけで、一段と想像が深まります。

歌詞の解釈

内容としてもそう難しくはないと思いますが、念のため確認してみます。

1番では、みんなの顔が夕日に照らされて赤く見える様子、2番では、夕日の沈む西の空のほうへ向かってカラスが飛んで行く様子を描いていますね。

カラスが日を追いかけるというのはもちろん比喩表現ですが、その後の “眞赤に染まつて 舞つて來い” という点が動的かつ意外な表現となっており、強く印象に残ります。先述のとおり言葉遊びかと思いますが、夕日の強いエネルギーを感じる部分だと感じます。

関東大震災と「夕日」

一部では、この童謡「夕日」は、1923(大正12)年の関東大震災とも少し関連があります。

壊滅的な状況になった街では赤い夕日が広がった景色が見られ、童謡「夕日」を口ずさむようになった人も少なくなかったようです。「夕焼小焼」や「赤とんぼ」よりも歯切れの良い「夕日」は、当時の人々の心を奮い立たせるカンフル剤ともなったことでしょう。

ちなみに、関東大震災を引き起こした関東地震(相模トラフ地震)が発生したのは9月1日。この日は、今では防災の日とされており、日本各地で防災訓練が行われたりします。南海トラフ地震の発生が今後30年で約80%ともいわれています。訓練の日のみならず、防災対策は日頃からきちんとやっておきたいものですね。

楽譜の謎

ここからは細かなお話になりますが、「夕日」の楽譜には謎があります。

謎な点とは、よく出回っている楽譜と、原曲の楽譜に違いがあるという点。歌い方の指示が異なるようです。どうやら、のちに作曲家の小松耕輔が強弱記号を書き替えたらしく、これが今よく出回っている楽譜のようです。ところが、調べている中で新たな発見があったので後述します。

まずは、詳説されているサイトを参考に、以下にて違いをまとめてみます。

強弱記号が違う!?

歌を4小節ずつ見ていくことにします。なお、1番も2番も同じ譜面を使うため、1番だけ使ってまとめました。

【1行目】ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む

  • 小松版:mf のみ
  • 原曲:ぎんぎんぎらぎら⇒f 夕日が沈む⇒p

【2行目】ぎんぎん日が沈む

  • 小松版:mp のみ
  • 原曲:ぎんぎんぎらぎら⇒mf 日が沈む⇒mp

【3行目】まつかつかつか空の雲

  • 小松版:f のみ
  • 原曲:強弱記号なし

【4行目】皆のお顔も まつかつか

  • 小松版:mf のみ
  • 原曲:mp のみ

【5行目】ぎんぎんぎらぎら日が沈む

  • 小松版:mp のみ
  • 原曲:ぎんぎんぎらぎら⇒mf 日が沈む⇒p

以上のように強弱記号が大きく異なっており、実際に歌ってみるとだいぶ印象も違います。なお、冒頭の動画では原曲とされている方で歌っています。

最後の rit. の有無

5行目(最終行)にある “日が沈む” にも注目です。ここ、小松版では rit. が書かれていますが、原曲にはありません。

rit. とは ritardando(リタルダンド)のことで、だんだん遅くするという意味があります。それがあるのとないのとでは、息の使い方も聴いた時の印象も大きく違ってきます。

なお、4行目の “皆のお顔も まつかつか” は、小松版にも原曲にも rit. が書いてあります。

その他の違いも!?

ほか、細かいところでいうと、アクセントが付いている音や、ブレス(息継ぎ)の有無にも違いがあります。また、小松版でも、rit.a tempo に括弧が付されている楽譜もありますが、お遊戯のために振付が付けられたことに起因しているようです。

ところが事件発生!!

ところが調べていると、新たな発見がありました。

「夕日」の作曲者は室崎琴月という人物ですが、彼の長女・信子さんが著した『この道一筋』という本の中に載っていた琴月の直筆の楽譜では、先述の小松耕輔編曲版だとお伝えしたものと同様の強弱記号の付け方がしてあったのです。

その直筆の楽譜は以下のとおりです。

夕日 直筆の楽譜

室崎信子著『この道一筋』(1991.7) より

これは大発見でした!

ただ、直筆だからといって初版とも限りませんし、この直筆がいつどういう状況で書かれたのかは分かりません。

少なくとも断言できるのは、直筆の楽譜で歌ったとき、それはやはり正しいということです。先ほどお伝えした原曲の説は100%正しいと断言まではできませんが、それも有力なお話ではある、と申し添えておきます。

なお、上記の直筆の楽譜には、最後に rit. がありませんし、そもそもその上段にも rit. がありません。そこはひとつご留意ください。

以上のように、童謡「夕日」の楽譜は謎めかしいです。だから人によって覚えている歌い方がさまざまかもしれません。お遊戯もあったとなれば、動きに合わせて歌い方も変えていた人もいらっしゃるかもしれないので、余計にそう言えるかと思います。

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