音楽が好きなはずなのに、音楽や音声を嫌に感じる瞬間

自閉スペクトラム症

お待ちしておりました!

今回は歌のお話ではなく、久々に自閉スペクトラム症(ASD)という発達障害を絡めたお話です。この障害を持っていると、音楽が好きなはずなのに、音楽が嫌!となる場面に多々出くわします。今回はそんなお話です。

ASDを持つ人には、音やニオイや光などに対する感覚過敏を持つ人が多く、また、場にふさわしくない要素に対して強い嫌悪感を抱く人もいます。

私はニオイに敏感ですが、音に対する執着も強く、特に場の雰囲気とのバランスを強く気にしますし、自分の心の状態によっては音楽が心を乱す元凶にもなったりします。そんな時は「やめろー!!」と叫びたくなります。

以下にて、具体的に展開します。

まず、私は音大出身者です

前置きしますと、私は音楽大学を出ており、それなりに音楽に勤しんできています。基本的に音楽が好きであることは、言うまでもありません。特に日本の歌は大好きです。

毎日歌っているし、音楽も聴きます。友人とカラオケに行って熱唱することもあるし、YouTubeでも活動をしています。

そんな音楽が好きな私にとっても、音楽が嫌になる瞬間があるんです。それもけっこう多いです。そういうときの嫌悪感たるや、とても大きなものです。

場違いな音楽や音が嫌

まず一番に、いくら素晴らしい音楽でも、場違い感があると嫌悪感が生まれます。

お店のBGM

たとえば純和風の蕎麦屋に入ってパンクロックが流れていたら、私はそのお店に通うことは二度とないといっても過言ではありません。純和風のお店では、やはり純邦楽(箏や三味線など)のBGMがしっくりきます。

その “しっくり” というのが重要で、そう感じる基準は曖昧です。その場その場で変わるし、気分でも変わるし、水物です。しかし一旦おかしいと気づくと、気になり続けてしまい、食事を美味しく味わえなくなることもあります。

ストリートピアノ

駅やビルのロビーなどにあるストリートピアノも、場違い感を覚えるもののひとつです。正確には、雰囲気に合っていれば景色のひとつですが、取ってつけたように置いてあり、なおかつ誰かが場に合わない曲を弾いていると、途端に嫌悪感が走ります。

いくら素晴らしい演奏であろうとも、その場でその音楽が流れているという事実に、私は反感を覚えずにはいられないのです。理屈ではなく感覚としてです。

もちろん、音楽が街々に溢れることは、理屈では素敵なことだと考えています。しかし感覚は正直なもので、場にふさわしくない音楽は、違和感、ひいては嫌悪感を抱く要因となるのです。

マナー違反な音

公共空間でやたら音を出す人がいます。スマホのタップ音、着信音、イヤホンからの音漏れ、料理屋でのクチャクチャ音、何も食べていないのに立てるネチャネチャ音等々。

そういう音が嫌いな人は、発達障害に限らず少なくなく、ある程度共通しているかと思います。

ただ、私自身のことを言うと、やたらそういうマナー違反音に過敏なのです。そもそも、音楽をやっていることで音に敏感なのもあって、耳が目ざとく(耳ざとく?)キャッチしてしまうのです。

とはいえ、中には必要があって音を出していたり、体質や病気などで出てしまったりする人もいます。理屈では一応そういうことも理解しているつもりではあります。イライラを覚えた時は、そういった理屈を頭に巡らせ、気持ちを落ち着かせています。

動画等の、毎回同じBGMや声が嫌

私は普段YouTubeを視聴しますし、家族もよくYouTubeを視聴しています。

私がよく見るチャンネルは、偶然か必然か、BGMが無かったり、あってもあまり耳につかない動画が多いです。しかし家族が視聴している動画は、やたらBGMが目立ったり、読み上げ音声が多かったりします。

そのBGMや読み上げ音声が、これまた私にとっては嫌悪感の要因となり得ています。

毎回同じBGMの動画

YouTuberたちは、ある程度戦略を立てて動画制作をしていると思います。毎回同じBGMを使っているYouTuberは多いですが、おそらくイメージや雰囲気の戦略など、考えがあってのことだと思います。

しかし私は、その変わらない状況が苦手です。毎回同じBGMだと、「なんで毎回この音楽を使うの?しつこい!」と感じてしまいます。動画を視聴している家族に対しても、つい「なんでまたその音楽?ウザいから消して!」と当たってしまうことがあります(自分勝手というのは重々承知しています)。

ただ思うに、きちんと動画の内容に没頭できれば、同じBGMでも気にならないでしょう。家族が視聴する動画だと、私にとっては音だけしか分からなから、状況が読めず、余計にイライラするのだと思います。

よくありがちな読み上げ音声

最近、あらゆる動画では、音声読み上げソフトやAIなどの声による解説が入れられています。動画制作者自身が声を入れなくて済むし、声優を起用する必要もないため、大変画期的なシステムです。

読み上げ音声には色々な声が存在しますが、実際に使われているのは同じような声が多いです。というのも、無料かつ手軽で、聞いたことがあるような声を使いたがるのが動画制作者(というか人間)の性(さが)だからです。その一例が青山龍星というキャラクターの声。動画をよく視聴する人なら、幾度となく耳にしていると思います。

今や私は、青山龍星の声に嫌悪感を覚えるようになってしまいました。何度も何度も耳にするので、さすがに「またか!」「くどい!」「やめろー!」という感情が湧いてくるのです(青山龍星の声がお好きな方には申し訳ないのですが)。

嫌悪感を覚えたときの対処法

では、音楽や音声に嫌悪感を覚えたとき、どうやって自分の心を整えているのか。

以下、順に対処法を述べていきたいと思います。

第一は、声に出して発散

一番効果があるのは、自分の心の内を声に出して発散することです。上のほうにも書いている鉤括弧内の言葉。これらを実際に声に出すことです。

「またか!」「くどい!」「やめろー!」「しつこい!」「合わない!」「ウザい!」「消して!」等々、実際に声に出すと、自分はスッキリします。

ただ、他者に対して言うときは、相手を選ばなければなりません。私の発達障害を理解している人なら「はいはい」で済むかもしれませんが(済まない場合もあるが)、そうでない人だと、間違いなくその人に多大なるストレスを与えてしまいます。

第二に、書いて発散

声に出せる場面ばかりではないので、書いて発散するという方法に収束しやすいと思います。

たとえばSNS。私はX(旧Twitter)で、青山龍星の声に嫌悪感を覚えるといった内容でつぶやいたことがあります。それだけでも心の整理になりました。ただ、ネットで書くときは、誰かに見られるという意識は必要です。

そしてかなり便利なのはAI。たとえばChatGPTやGeminiがありますが、心の内を書き殴ってみると、即座に返答してくれます。思うような返答がこないと喧嘩になることもありますが、それも含めて、自分の心の整理になります。

第三に、ブロック

私自身はやっていませんが、嫌悪感の原因となった動画に出会ったら、即座にブロックなり非表示なりするのも手です。できればチャンネル丸ごとブロックすると良いでしょう。その方法は以下の記事が詳しそうです。
YouTubeチャンネルをブロック!見たくない動画を非表示にする方法

また、BGMに違和感のあるお店に入ったときは、注文を取られる前にお店を出るという方法もあります。

心を乱す元凶とおさらばすれば、それだけで心が軽くなり、ときには「成敗したぜ!」という気分にもなります。動画制作者やお店の人とかには大変申し訳ないですが、心を守るためにも必要な行動かと思います。

第四が、理解努力

これは最も我慢が必要な対処法ですが、やる価値は十分にあります。

たとえばクチャクチャとした咀嚼音を聞いてしまったとき、「その音を出してしまう何らかの理由があるのだろう。病気だろうか。障害だろうか。はたまたお歳を召されて身体の自由が利きにくくなってきているのか」と少し考えると、ちょっと心が落ち着きます。

また、動画で同じ音楽を立て続けに聴いてイライラしても、「この音楽がやたら使われるのはなぜ?何か得があるのか?それとも配布元に何か秘密がある?それとも流行ものに関係している?」と考えることで、ふと冷静になれたりします。

家族がしつこく変な音楽を聴いていても、「家族とはいえ、自分とは違う感性の持ち主。その動画で癒されているのかな」と少し考えると、スーッと穏やかな気持ちになってきたりします。

あまりに興奮状態になってしまうとなかなかその境地には至りにくいですが、理解に努めることは、やって損はないどころか、前向きで良い方法だと個人的には思います。

事前対策は、回避

実際にイライラしてしまったら上に書いたように対処すれば良いのですが、できれば事前に回避することが望ましいでしょう。嫌なチャンネルは、ブロックすれば次から出てきません。嫌なお店は、マークしておけば次から行かなくて済みます。

他者がこれから嫌な動画を視聴しそうなら、自分がその場を去るのが穏便な事前回避。また、友達が「いっしょにあの店行こう!」と誘ってきても「ちょっと気分じゃないなあ」と断ればOKです。

しかしこれ、場合によっては、勝手に自分から負けにいった感じがして腑に落ちない……という思いも正直あります。自分がその場を去れば解決するときでも、「そもそも自分はこの場に居留まりたいのだ」というこだわりがあるため、その場を去ることを極度に理不尽に感じるのです。心の中には「回避したいができない」という葛藤が生まれます。

そういった葛藤が日常茶飯事なのも、ASDの主な特徴のひとつかもしれません。そういう障害を持っているのだから仕方ない、と割り切ることも、平穏に暮らしていくためには必要なスキルかと思います。


以上、ASDという発達障害を持つ音楽人間の視点から、音楽や音声が嫌と感じる瞬間や対処法についてお伝えしました。

健常者にとっても重なる部分はあったかと思いますが、本当、感じ方というのは千差万別です。発達障害だからこうなる、健常者ならこうなる、という二分法は良くないと考えます。

ただ、発達障害があると、感覚過敏やこだわりなどからうまく立ち回れず、生活に支障をきたしている人も少なくないでしょう。他者に迷惑をかけてしまうこともあると思います。でも、それは仕方ない。……と同時に、自他共に心穏やかに過ごせるライフハックを見出していくことも望ましいと考えます。真逆のことを言っているように見えるかもしれませんが、それらは両立すると思います。

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