ASDの私が音大&その後で感じた〈嫌〉と〈好〉各3選

ASD×音大生活 自閉スペクトラム症
お待ちしておりました!

今回は歌のお話ではなく、私のエピソード回。

私は、ASD(自閉スペクトラム症)という発達障害を持つ、音楽大学出身のおっさんです。そんな私が、音大生活などを通して感じた嫌な事と好い事について語ります。

ASDをお持ちの人や、家族にASDを持った人がいるという人にとって、今回のお話が何かしらのヒントとなればいいなあと思います。

ただ、全部が全部、ASDに起因するものとは限りません。私の性格や置かれた環境による部分も大きいと思います。そのため、この記事を読んだことで、がっかりする必要はありません。軽い気持ちでお読みいただけたら幸いです。

では、始めましょう!

嫌な事 3選

まずは嫌な事から。

あ、はじめに言っておくと、ASDと診断されたのは、音大を卒業してからずーっと後です。なのでASDだと自覚して音大に通っていたわけではないし、ASDだと自覚して声楽を学んでいたわけではありません。そこはひとつご了承ください。でもASDは先天性なので、昔からその特性を持っていたことにはなります。

コミュニケーションにおける嫌な事

音大では実にいろんな人とのコミュニケーションがありました。

師匠

まずは師匠。毎週1対1のレッスンがあり、そこでは必ず会話が生じました。私はうまく言いたい事を話せず、何度ももどかしい気持ちになりました。もちろん私は自己嫌悪に陥り、気持ちを立て直すのが大変だったときもあります。

私はかなり理屈っぽい学生だったので、何かと書物を読んで学ぶことが多かったです。そこで「おっ!これは理にかなっているぞ」と思って、早速実践に移しますよね。ところが、師匠は理屈より “経験” で物事を語るわけです。その経験と書物の内容が一致していれば問題ありませんが、ズレていることもあって、私の脳内はよく「???」でした。もどかしさも覚えました。

まあただ、レッスンなんて、多かれ少なかれそんなもんです。音楽家にはクセの強い人が多いですし、師匠たちは紛れもなく成功者側の人間です。彼ら彼女らにも、なにかしらの信念があるはずです。だからあまり深刻に考えても仕方ありません。一旦「そういう考えもあるんだ!」と承認するスキルが必要だと感じました。

仲間

より問題だったのは、仲間とのコミュニケーションです。

専攻にもよりますが、音楽ではコミュニケーションがたくさん。仲間内での自主練習の打ち合わせ、音楽に関する話し合い、そしてイベントや打ち上げ会、師匠の誕生日のお祝い会などいろいろ。様々なやりとりが生じました。

「私はコミュニケーションが好きではない」と逃げることもできましたが、それをやると「協力性がない人」「孤独な人」とレッテルを貼られ、人付き合いが希薄になり、活動もしづらくなります。声楽専攻の場合は、元々仲間意識が高くてコミュニケーションに積極的な人も多いので、その波に飲まれることの覚悟が必要だと感じました。

正直、私にはものすごく負担でした。ストレスも溜まりました。コミュニケーション能力を高めたかったので、頑張らなきゃ!と自分を奮い立たせていました。

しかし、練習・稽古、飲み会、仲間同士の昼ごはんなど、事あるごとに「解放してくれ」と願っていましたね。嫌な先輩のいる飲み会に参加して、その後胃腸風邪で寝込んだことも思い出されます。

授業等における嫌な事

声楽専攻の場合、オペラ、ダンス、演技、語学なども学びますが、そういった授業の中にも嫌な事がありました。

ダンスの授業

講義系の授業は別にいい。嫌だったのは、実際に体を動かしたり、共に会話したりする必要のあった授業。主に演習系や語学系。私の場合、オペラ演習が特に苦痛でした。

オペラ演習では、基礎段階としてダンスや演技などを学びましたが、とにかくダンスが嫌だった。担当の先生は、ハイテンションな陽キャだったのです。ダンス講師特有のあのオーラ!60代ちょいくらいの女性でしたが、服装は派手で、金髪のセミロングヘアでした。完全に私の苦手なタイプでした。

昔から体育が苦手な私は、真っ先にターゲットにされました。自分では真剣に動作をしていたつもりだったのに、どうやらヘンテコな動きをしていたらしく、みんなが見ている前で、先生は「ちょっとなァに?その動きィィ!」と囃してきました。みんなは一斉にキャハハハと笑い出しました。昔保育園でみんなに笑われたときの感覚がよみがえりました。それ以来、私が動く番になると、よし見てみようと言わんばかりにみんなの視線を感じました。

音大の人間、特に声楽や舞台関係の人間には、感情で物事を見る人が本当に多いと感じます。「笑ったりすると嫌がるだろうな」と思う前に、パッと見て面白いから笑うわけです。そもそも人が真剣にやってるのを面白がるのも嫌ですけどね。

ソロリハーサル

ソロで歌う本番を控え、ある日リハーサルがありました。そこで私は頭ごなしに怒られました。

リハーサルは真冬の朝9:00くらいでしたね。眠かったし、体が冷え切り、緊張もしてうまく声が出ませんでした。とても悔しい気持ちでした。師匠にはその場で「どういうつもりなんだ!」「朝早く来た意味がない!」と怒られました。すみませんと謝ることしかできませんでした。

これは私自身の甘さも原因のひとつかと思いますが、朝が苦手なこと、さらにはスキルがまだまだ未熟すぎたことも原因にあったように思います。

音楽教育の授業

私は音楽教育の授業も履修しかけました。

そう、 “しかけました” と書いたとおり、1回目のオリエンテーションだけ参加して、一気に嫌になってしまったので、履修を取りやめました。

まず、担当の先生の圧がすごかった。2回目以降は受けていないから実際の様子は分かりませんでしたが、スパルタみを感じたのです。しかもその授業、1限目だったと思います。朝っぱらからみんなの前で模擬授業をしてピアノを弾いて歌って……というのを想像するだけで、「自分には無理だ!きっとみんなに変な目で見られる!」と思い込んでしまいました。

ちなみに、原因はそれだけではないです。その先生、オリエンテーションで「本気で教員になりたいと思わない人は履修しないでください」と言っていたので、私は素直にその通りにしたまでです。

ま、ASDなので結果的に教員にはならなくて良かったと思っていますが、当時はけっこうモヤモヤしていましたね。「演奏活動の道で食っていけるのはたったの一握りだから、教員免許くらい取りなさい」と聞いていた。だから音楽教育の授業を履修しようとしたのに、やめてしまった。それから何年もの間、「これで良かったんだよね?……でも、本当に良かったのかな」と、何度も自問自答しました。

進路における嫌な事

ここからは、在学中から卒業後にかけてのお話です。

就活と進学

大学卒業後は、大多数の人が就職します。次に多いのが、音大の場合だと大学院進学。あとは留学する人もいるし、フリーランスになる人もいます。もちろんニートになる人もいるでしょう。

私は、頑なに音楽の道を極めようと思っていました。コミュ障、スキル不足。そう分かっていたくせに…です。

でも少し気づいていたんです、就職から逃げていることに……。自分に自信がなく、だけど変なプライドだけはあった。それに日本の歌が好きだったから、それを究めたいとも思っていた。頑なに「自分は音楽で大成したい!みんなとは違うんだ!私を笑ったあいつらとは違う!!」と思い、就職活動はやりませんでした。

妙なこだわりでしたね。純粋に音楽を研究したい思いもありましたが、自分は特別だ!これしかない!という思い込みが、大学院進学に拍車をかけたのです。

父親はうわべだけ賛成したものの、やはり内心は嫌だったようで、チクチクと嫌みっぽいことを言ってきたので、その度に喧嘩したりしました。母親も賛成していたものの、不安に思っていたことでしょう。

変なプライドのせいで大学院を目指すことになり、私はもどかしい気持ちでいっぱいでした。

大学院不合格&浪人

残念ながら大学院は落ちてしまい、浪人することにしました。語学や音楽史の試験は手応えあったのですが、やはり声楽でスキル不足が浮き彫りになりました。

卒業後1年間はアルバイトでもしないとなあと考えていたら、運良く音大からお呼びがかかり、非常勤で働かせてもらえることになりました。ただ、そこでも人とのコミュニケーションが怖くて、特に学生相手のコミュニケーションは、何を話して良いか分からず、とにかくニヤついていましたね。

1年間はそんな感じで、それから大学院へ進学しました。

音楽教室講師採用試験

大学院に進学してからも、師匠や仲間とのコミュニケーションで嫌気が指すことは何度もありましたが、授業が少ない分、仲間との関わりも少なく、オペラには一切参加しませんでした。ひたすら日本の歌を研究していましたね。

そんなこんなな陰キャ大学院生活も2年で終わりです。就職を真面目に考えないとやばいと思いました。アルバイトも少しやっていましたが、正社員として就職する気はゼロ……というか逃げていました。

でも少しでも稼がねばということで、音楽教室の講師(業務委託)の採用試験を受けてみました。模擬レッスンをやってくださいと教室経営者に言われたので、自分なりのこだわりでもってやってみました。

その結果は惨敗。経営者から「ドン引き!!」と、他の志望者がいる中で言われてしまいました。初対面ですよ?しかもパワハラですよ?

なのに私もバカで、また翌月にそこの採用試験を受けに行ったんですよ。というかね、経営者が「もう一度チャンスをあげる」と言ったから、それを買っただけですけどね。もちろん、リベンジ戦もダメでした。

好い事 3選

すみません、長くなってしまいましたね。ここからはポジティブな事を取り上げていこうと思います。ただ、他人のポジティブな話は基本的につまらないと思うので、ごく簡単にお話ししていきますね。

まずは一旦、休憩を挟みましょう!

これは、J.ケージの「4分33秒」に歌詞をつけ、童謡に編曲したものです。

え?何も聞こえないって?

耳を澄ましてごらんなさい。あなたのまわりではいろんな音が鳴ってるでしょう?……それも音楽なのですよ。

というわけで休憩終わり!本題に戻りましょう。

コミュニケーションにおける好い事

「嫌な事も我慢すれば必ず実る」ということばは嫌いですが、たしかにコミュニケーションにおいて得られたものは少なくありません。

ASDはコミュニケーションをとることが苦手だといわれますが、繰り返し挑戦して経験値を増やすと、知識として他者との接し方を覚えていくことができるかもしれません。

なぜかというと、〈Aの場合はXの行動を取ると良い〉という公式が増えていくからです。次に〈Aの場合はXまたはYの行動を取ると良い〉となり、さらに次に〈Aの場合はXまたはYまたはZの……〉となり、さらにさらに〈Aの場合は (XかつY) または (XかつZ) またはYの……〉となるように、パターンが増えていきます。これを、Bの場合とか、Cの場合とか、はたまたAに近い状況の場合とかにも広げます。

公式が増えると、応用もきかせやすくなります。感性でもってパッと最適な行動をとることはできなくても、思考する時間を設けることで、健常者に近い行動をとることができるようになる。そう私は思っています。

音大ではさまざまなコミュニケーション能力を習得できます。師匠やプロの音楽家とのやりとり、仲間や先輩・後輩とのやりとり、クセの強い人とのやりとり、演技レッスンを通してのコミュニケーション基礎の習得、人前で行動せざるを得ない環境……etc.。

苦しいこともありますが、学べることもたくさん。私は音大生活を通して、はるかに人付き合いがしやすくなったように感じます。もちろん、精神的に大人になったというのもあるとは思いますが。

スキルにおける好い事

なんといっても、音大では自分の好きな事を深めることができる!これは大きいです。

特にASDだと好き嫌いが激しいですが、私は自分で音大の道を選んだこともあり、それに付随することも進んで学び取ろうという思いが強くありました。だからこそ、苦しいことも乗り越えようと思えたのかもしれません。

好きなことや、それに付随することを学べば学ぶほど、知識や知恵も増え、センスも高まり、それらがスキルアップを後押ししてくれます。音大生活を通して、私は声楽(特に日本の歌)のスキルを高めることができました。

もちろん、常に未熟ではありましたが、昔の自分からしたら、信じられないくらい、別人になれたように感じます。……別人と書きましたが、これも本当の自分です。

ほかには、音大入学前からのソルフェージュの訓練をとおして、聴く力が養われたことでしょうか。はじめて取り組んだ時はボロボロでしたが、訓練を重ねるうちに、基本的な2声旋律や4声和声も書き取れるようになりました。さらに、ピアノを弾きながら歌ったりする練習もたくさんしたので、マルチタスクのスキルを鍛えることができました。まだ若かったので、ASDでも脳がそこそこ対応できるようになったのかな?とも思います。

ちなみにですが、学外ではパイプオルガンも習っていました。オルガンは手鍵盤のみならず足鍵盤もあります。大変でしたが、かなり頭の体操になりましたね。ま、簡単な曲しか弾けませんが。

ノウハウが培われ、スキルアップもすると、自信がわいてきます。小さな成功体験の数も増えていき、もっともっと磨こう!という気持ちになる。そう信じています。

進路における好い事

大学院を出た後、私は結局、事務所に所属しながらのフリー声楽講師となりました……が、当然生徒はすぐ集まるわけもなく、貯金も底をつきそうになっていました。

そこで私はなんとしてでも稼ごうと思い、ネットビジネスを本格的に行いました(きな臭ぇ!)。幸い軌道に乗り、そのビジネスと声楽講師を並行しました。本気になれば変われる!と信じていたからこそ行動できたと思います。

しかも声楽の生徒とは気が合い、私のこういうクセのあるところを好いてくれる人が集まりました。多くはないですが…。音楽を通していろいろなことを語り合える仲間がいることは幸せなことだと感じました。

今もレッスンは開いていますが、まあ色々ありまして、障害者として一般企業でも働いています。

総合的にいうと……?

好い事のほうが文章量が少ないですが、私の人生に濃い影響を与えたと思っています。だから、「ASDだと、音大に言ったら嫌な経験ばかりしなければならないのか」と思う必要は全くありません。そりゃ、健常者に比べたら苦労も多いかもしれませんが、その分得られる喜びも大きいです。

音大生活とその後の音楽生活でやってきたことは、総合的にいうと、ソーシャルスキルトレーニング(SST)のようなものでした。

SSTは、精神分野で行われる、対人や社会生活に必要となるスキルを身につけるトレーニングをいいます。もちろん、ASDの程度によっては専門家のもとで正しくトレーニングを受けたほうが良いと思いますが、音大はそれだけ多くの対人術を学び得られる場所ということです。

今回は〈嫌な事〉と〈好い事〉と銘打ってしまいましたが、結果的に少しでもプラスに働いたのであれば、どちらも〈良い事〉と言えるかもしれません。

ただ、私の話はあくまで私の話。経験や性格や環境によるところも大きいので、くれぐれも真似をしようとは思わないでください。精神を病んでも責任は取れません。あくまでも、何かしらのヒントが得られれば、というつもりでお話ししてきました。そこはひとつご了承ください。

まだまだ話し足りないところもありますが、長くなってしまったのでここらで終わりにしますね。

では!

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