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お年を召された方や、ピアノを習われた方の中には、きっとご存じの方も多いと思います、「ロング・ロング・アゴー」。日本の唱歌としては「久しき昔」。
こんな歌です。歌詞が少し難しいですが、一語一語丁寧に、また少し歳を重ねた感じで歌いました。
「久しき昔」というタイトルを知らなくても、メロディーだけは聞いたことがある方も少なくないと思います。覚えやすいメロディーですよね。
では早速、この「久しき昔」について掘り下げていきましょう!
原題は「The Long Ago」
冒頭にも書いたとおり、「久しき昔」は「ロング・ロング・アゴー」とも呼ばれます。英語にすると「Long, Long Ago」であり、むかしむかしという意味ですね。1833年の歌です。
しかし原題は「The Long Ago」でした。この歌を雑誌に掲載するとき、その編集者が「Long, Long Ago」と改題したそうです。
この歌はアメリカで人気を得ましたが、おそらくその改題も奏功したと思います。同じ響きの言葉が2回あると印象に残りやすいですからね。というか歌詞では元々 “Long, long ago, long, long ago” と出てきますから、歌詞自体印象に残りやすいものだったのでは?とも思います。
歌詞の考察!恋の歌なのか?
では、原詞と、近藤朔風が訳した歌詞のふたつを見ていき、考察していきましょう。
「The Long Ago」歌詞&対訳(日本語訳:弥生歌月)
Tell me the tales that to me were so dear,
Long, long ago, long, long ago.
Sing me the songs I delighted to hear,
Long, long ago, long ago.
Now you are come all my griefs are removed.
Let me forget that so long you have roved,
Let me believe that you love as you loved,
Long, long ago, long ago.
昔々、そのまた昔の話を。
私が喜んで聴いたあの歌を唄ってほしい。
昔々、そのまた昔の歌を。
今や君が戻り、悲しみはぜんぶ消え去った。
君がずっと移ろいでいたことなんか忘れさせてほしいし、
昔のように今も君が私を愛していると信じさせてほしい。
昔々、そのまた昔のようにね。
Do you remember the paths where we met?
Long, long ago, long, long ago.
Ah, yes, you told me you never would forget,
Long, long ago, long ago.
Then to all others my smile you preferred,
Love, when you spoke, gave a charm to each word.
Still my heart treasures the praises I heard,
Long, long ago, long ago.
昔々、そのまた昔のね。
ああ、そうだね、君は言ったよね、絶対忘れないよって。
昔々、そのまた昔にね。
そして、ほかの誰の笑顔よりも私の笑顔を好いてくれたし、
君が話すたび、どの言葉からも愛の魅力を感じたよ。
今もまだ胸にしまっています、あの尊いことばを。
昔々、そのまた昔のことばをね。
Tho’ by your kindness my fond hopes were raised,
Long, long ago, long, long ago.
You by more eloquent lips have been praised,
Long, long ago, long ago.
But by long absence your truth has been tried,
Still to your accents I listen with pride,
Blessed as I was when I sat by your side,
Long, long ago, long ago.
昔々、そのまた昔のことだね。
君は、より巧みな唇に褒めそやされてしまった。
昔々、そのまた昔のことだね。
でも、長い別れは君の真心を試し、
今もなお私は誇りを抱いて、君の声に耳を傾けています。
喜びに満ちて寄り添っていたときのようにね。
昔々、はるか昔にそうだったようにね。
近藤朔風の歌詞&対訳(口語訳:弥生歌月)
語れめでし真心 久しき昔の
歌えゆかし調べを 過ぎし昔の
なれ帰りぬ ああ 昔の
長き別れ ああ 夢か
めずる思い変わらず 久しき今も
歌え懐かしい調べを 過ぎ去った昔の
君は帰ってきた ああ 昔の
長い別れ ああ 夢か
愛する思いは変わらない 時を超えた今も
愛し小道忘れじ 久しき昔の
げにも堅き誓いよ 過ぎし昔の
ながえまい 人にほめ
なが語る 愛に酔う
やさしことば残れり 久しき今も
やはり堅い誓いよ 過ぎ去った昔の
君の笑顔を まわりに誉め
君の語る 愛に酔う
しとやかなことばは残り続ける 時を超えた今も
いよよ燃ゆる心や 久しき昔の
語る面はゆかしや 過ぎし昔の
長く なれと別れて
いよよ知りぬ 真心
共にあらば楽しや 久しき今も
語る顔がかわいかったよ 過ぎ去った昔の
長く 君と別れて
よりいっそう知った 真心を
一緒にいると悦び溢れるよ 時を超えた今も
原詞と日本語訳詞の比較
原詞を対訳したものと、近藤朔風の日本語歌詞を対訳したものを比較すると、全体的な意味合い自体はそこまで大きな差違はありませんね。ニュアンスが異なるところがあったり、日本語歌詞のほうが抽象的であったりするのは、言語による音節の性質の都合上、仕方がないでしょう。
一体何を歌っているのか
日本語歌詞だけだと、好き同士が長く離れ離れになって再開したけど昔と変わらず好き同士だった、という美談なイメージです。
しかし原詞では、(解釈の仕方にもよりますが)ほかの男たちに靡いて行ってしまった彼女の姿が描かれていて、だけど結局は自分のことを好きでいてくれた、といった見方が可能です(私はそう解釈したい)。それを踏まえて日本語歌詞を読むと、また印象が変わってきますね。
何はともあれ、別れてから再会するまで長い長い時間が経っています。青春時代で別れて、老人になってから再開したのでしょうか。だとすると、単純な色恋沙汰のみならず、家系とか社会とか世間体とか、そういったあらゆるしがらみも関係していたように思います。
今でもありますよね。お見合い結婚をして長年一緒にいる夫婦でも、そのどちらかあるいは両方が、昔々の初恋相手のことを忘れられず、ひそかに恋し続けていること……。そしてふとしたときに再会したりして、胸がドキドキするとかね!(←心臓病じゃないですよ)
ほかにもある!日本語歌詞
今回は「久しき昔」を取り上げていますが、ほかにも、「むかしの昔」(作詞:真鍋定造)、「旅の暮」(作詞:大和田建樹)、「思い出」(作詞:古関吉雄)といったタイトルの日本語歌詞があります。「久しき昔」と違い、原詞を訳したものにはなっていません。
むかしの昔(作詞:真鍋定造)
むかしのむかし いにしむかし
おもかげうかぶ よよのゆめ
きよみが関に たま津しま
きよみが関に たま津しま
遊びしむかし ゆめにみゆ過にしむかし いにしむかし
おもかげうかぶ むねのうち
をばすての月 みかのはら
をばすての月 みかのはら
ねざめのとこに うかぶかお
旅の暮(作詞:大和田建樹)
落葉をさそふ 森のしぐれ
なみだと散りて 顔をうつ
ふるさと遠き 旅のそら
ゆきがた知らぬ 野辺の路
一夜をたれに やどからんすすきにむせぶ 谷のあらし
夕ぐれさむく 身にぞしむ
木の間をもるる 日の光
山辺にひびく 鐘のこゑ
うれしやあれに やどからん夢にも見ゆる こひしわがやそなたの空は 霧こめて
月影ほそく けむるなり
なきゆく雁も あときえぬ
あけなばいそぎ 文やらん
思い出(作詞:古関吉雄)
かきにあかいはなさく いつかのあのいえ
ゆめにかえるそのにわ はるかなむかし
とりはうたいさえずり そよぐかぜにはなちる
むねにひめるおもいで はるかなむかししろいくものうかんだ いつかのあのいえ
くさのひかるそのみち はるかなむかし
いまもうたうあのうた 目にもうかぶあおぞら
ひとりおもいわすれぬ はるかなむかし
実に色々な歌詞がありますね。この中で最も新しいのは「思い出」で、音楽の授業で習った方も多いと思われます。あなたはどの歌詞が一番好きですか?
難解な「久しき昔」を理解して歌おう
話を「久しき昔」に戻します。
この歌は、先ほど歌詞をご紹介したとおり、なかなかすんなりとは理解しがたい文体です。古語のようなテイストなので一癖二癖ありますね。でも、ワケも分からず歌うわけにはいきません。一体どうしたら良いのでしょうか。
古語辞典やネット、AIを活用する
古文であれば古語辞典は必須です。「久しき昔」においても役立ちます。ただ、明治時代のことばの持つ概念は、古典国語で取り扱うことばの概念よりも新しいので、そこは少し融通をきかせる必要があります。
そこで役立つのは、ネットで調べて出てくる口語訳。不正確な面もありますが、ひとつの参考にはなるでしょう。プラスして生成AIのChatGPTなどもツールとして使えそうですね。
自分のことばとして発する
古いことばが化石のように見えても、歌い手が魂を吹き込めば血が通います。「古語は格調高くて好きだ」と思うも思わないも自由ですが、自分のことばとして咀嚼し、自発的に発することが重要ですね。
そのためには、朗読をしっかり行うことが必要不可欠なプロセスといえましょう。どういう役柄として歌うのかまで掘り下げられると良いですね。
メロディーとことばを融合する
自分のことばとして発せても、目標は歌として歌うことです。
ミュージカル風に仕上げるなら役柄をありありと表出させても良いと思いますが、クラシカルにいくなら様式美の比重を大きくしたいところ。「久しき昔」をおじいさんの役柄で歌ったとしても、オーバーなしわがれ声で味を出すよりかは、声楽的な発声やステージマナーなどを固持します。過剰な表現にならぬようセーブして、聴き手が想像を膨らませられる余地を残します。このバランスが難しいんです……!
さて、疲れたので筆を下ろします。


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