箱根八里、箱根の山(鳥居忱、瀧廉太郎 ほか)

唱歌・童謡

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“箱根の山は天下の険” で始まる有名な歌があります。鳥居忱が作詞し、瀧廉太郎が作曲した「箱根八里」です。

原曲のほか、本居長世が編曲したものと、山田耕筰が編曲したものとがありますが、まずは最も有名な本居長世編曲版をお聴きください♪

本居長世編曲版

原曲の初出が1901(明治34)年ですが、本居版は1930(昭和5)年、本居長世編『世界音楽全集17 日本唱歌集』(春秋社) に発表されました。長らく山田耕筰が編曲したものと誤解されていた時もあったようです。

皆さんが覚えておられる歌詞と若干異なる部分もあるかもしれませんが、それはさておきとして、聴き馴染みのある曲調かと思います。前奏は、メンデルスゾーンの「結婚行進曲」のような感じで、これもオヤッ!と思う点です。

歌詞はなかなか堅いことばを使っていますが、一つひとつ丁寧に解釈していくと、なかなかに風情を感じることができますね。勇ましい曲調と相まって、これぞ古き良き日本の男!と言いたくなります。

そこで話はここからです。

本居長世編曲版は有名ですが、その陰に隠れてしまっているのが原曲と山田耕筰編曲版です。

まずは、山田耕筰編曲版からご紹介しようと思います。

山田耕筰編曲版 

山田版は「箱根の山」に曲名が変わっています。むしろこちらの曲名で覚えている方もいらっしゃるかと思います。

山田版は、楽譜初出が1927(昭和2)年と、本居版よりも少しだけ古いです。しかし世に出たのはそれより前で、どうやらテノール歌手の藤原義江の音楽会で発表されたようですね。

本居版と比較すると、はるかにアグレッシブな雰囲気がありますし、聴き覚えのあるリズムと異なる箇所もあります。そしてなによりピアノがかっこいい!上の動画では私が伴奏もやっていますが、これはやはりピアニストの伴奏で歌いたくなります。

それと、調性(いわゆるキー)も、本居版より高くなっているので難易度は高くなります。が、まあ歌曲においては移調(キーの上げ下げ)はごく当たり前に行われることなので、声が低い方は移調して歌えば良いかと思います(ただ、なるべく元の調性の妙味を損なわない配慮は必要ですが、話すと長くなるので割愛します)。

そして一番意外性のある(?)のが原曲の「箱根八里」です。

原曲 

先述したとおり、原曲の初出は1901(明治34)年で、『中学唱歌』に掲載されました。

原曲とは、その名のとおり編曲ではないオリジナルで、これが元の姿です。原曲の「箱根八里」は、聴いてのとおり、伴奏が何もありません。歌のみです。

これは私の偏見だったらすみませんが、この原曲は、たぶんあまり好かれていないと思います。伴奏付きで聴き慣れてしまった我々にとっては、無伴奏はどこか物足りなく聞こえてしまいます。しかも歌が裸のままなので、粗がよく分かります!

無伴奏だからこその神聖さ

今回ご紹介した中では最も神聖な感じがしませんか?山にこだまするような雰囲気を感じます。そして、無伴奏だからこそ、歌そのものの力強さがダイレクトに表れます。猛き者がただひとり、信念を強く持って歩みを進める様が思い浮かびます。

瀧廉太郎が何をもって無伴奏としたかは分かりませんが、こう改めて考えてみると、無伴奏の「箱根八里」が最も歌詞の世界観とマッチしているように思います。

歌詞と現代語解釈文

ではここで、歌詞および現代語の解釈文をご紹介します。

箱根の山は 天下の險 函谷關も物ならず
萬丈の山 千仭の谷 前に聳え後にさゝふ
雲は山をめぐり
霧は山を閉ざす
晝猶闇き杉の並木 羊膓の小徑は苔滑か
一夫關に當るや萬夫も開くなし
天下に旅する剛毅の武士
大刀腰に足駄がけ 八里の岩ね踏み鳴す
斯くこそありしか往時の武士

箱根の山は 天下の阻 蜀の棧道數ならず
萬丈の山 千仭の谷 前に聳え後にさゝふ
雲は山をめぐり
霧は山を閉ざす
晝猶闇き杉の並木 羊膓の小徑は苔滑か
一夫關に當るや萬夫も開くなし
山野に狩する剛毅の壮夫
獵銃肩に草鞋がけ 八里の岩ね踏み破る
斯くこそありけれ近時の壮夫

【現代語訳(解釈文)】

箱根の山は天下の難所であり、古代中国の難関として知られる函谷関さえも大したことはない。 

高さが万丈にも達する山々と、深さ千仞もの(非常に深い)谷が前にそびえ立ち、後ろからも迫ってくる。
雲が山を巡り、 霧が山を覆っている。 昼間でも暗く感じる杉の並木が続き、羊の腸のように曲がりくねった小道は苔が滑らかに生えている。
ひとりこの関を守れば、万の兵士が来ても突破できない。
世の中を旅する強くて勇敢な武士が、 腰に大刀を差し、足には草鞋を履いて、八里(約32km)にわたる険しい岩山を踏みしめる。 このような姿が昔の武士の姿だったのだ。

箱根の山は、天下の難関であり、険しい山道として知られる蜀の桟道も問題にならないほどの難所だ。
高さが万丈にも達する山々と、深さ千仞もの(非常に深い)谷が前にそびえ立ち、後ろからも迫ってくる。
雲が山を巡り、
霧が山を覆っている。
昼間でも暗く感じる杉の並木が続き、羊の腸のように曲がりくねった小道は苔が滑らかに生えている。
ひとりこの関を守れば、万の兵士が来ても突破できない。
山野で狩りをする強く勇敢な若者が、
肩に猟銃をかけ、足には草鞋を履いて、八里にわたる険しい岩山を踏み砕く。
このような姿が最近までの勇敢な若者の姿であったようだ。

替え歌「スカラーソング」

「箱根八里」には替え歌もあります。
そのひとつは、明治〜昭和初期に活躍した演歌師の神長瞭月が作詞した「スカラーソング」。

往時のもののふもますらおも出てきません。出てくるのは、低賃金サラリーマンと苦学生です。

動画(歌い手は昭和ロマンを楽しむ会の、帝大生ゆめじさん&青空ぴーまんさん)と歌詞を以下にご紹介して、今回の記事を締めくくりたいと思います。 

 
なんだ神田の神田橋

朝の五時ごろ見渡せば
破れた洋服に弁当箱さげて

てくてく歩きの月給とりや九円(食えん)
自動車飛ばせる紳士を眺め
ホロリホロリと泣き出す
神よ仏よよく聞きたまえ
天保時代の武士も
今じゃ哀れなこの姿
内では山ノ神がボタンかがり(麻糸つなぎ)の手内職
十四の娘はタバコの工場
臭いはすれどキザミも吸えない
いつでもお金は内務省よ
かくこそあるなれ
生存競争の活舞台
 
金こそ無けれ天下の士
断食するもものならず
一銭ありゃ焼き芋
二銭ありゃあんパン
前歯でかじり後えにさぐる
雲か山か踏み破る
おなかは鞭声しくしく
土よりも真っ黒な木綿の破れぎぬ
小倉の白袴は垢でなめらか
一厘に買うや買わずの
薄っぺらなる薩摩下駄
帝都に旅する豪気な書生は
大道は狭しと肩で風切り
下宿屋の四畳半じゃ天下を論ずる
かくこそあるなり
二十世紀の芋書生

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