お待ちしておりました!
雨の季節となりジメジメ。しかしアジサイは美しく咲き誇り、カエルたちもうれしそう。私が子どもの頃は、よく側溝の水の流れを楽しんでいました(危ない)。
さて、今回は童謡「雨降りお月」についてです。この歌には「雲の蔭」が付き物なので、いっしょにお話しします。まずは私が歌ったものをお聴きください。
この歌は私の大好きな歌のひとつです。毎年梅雨の時期になると歌っている気がします。
では、早速解説をしていきましょう。
「雨降りお月」と「雨降りお月さん」
「雨降りお月」は、元々「雨降りお月さん」でした。
1925(大正14)年、雑誌『コドモノクニ』のお正月臨時号に原詩と原曲が掲載され、曲名は「雨降りお月さん」でした。それが好評を博したため、続編である「雲の蔭」が同雑誌の3月号に掲載されました。
そして1926(大正15)年3月、中山晋平による『童謠小曲』第8集では、「雨降りお月さん」ではなく、「雨降りお月」との改題のうえ(伴奏も改良)、「雲の蔭」と共に掲載されました。
その後のレコードでも「雨降りお月」との表記となりましたが、「雨降りお月さん」と混同されるようになってしまいました。
歌詞と解釈・考察
まずは歌詞から。言葉はそこまで難しくないのですが、いったい何を歌っているのかという点が難しい童謡ですよね。もちろん今回そこもお伝えしていきます。
「雨降りお月」の歌詞
雨降りお月さん 雲の蔭
お嫁にゆくときや 誰とゆく
ひとりで傘 さしてゆく
傘ないときや 誰とゆく
シヤラシヤラ シヤンシヤン 鈴つけた
お馬にゆられて 濡れてゆく
“傘” は ” からかさ ” と読みます。
“お馬” は当時 “おんま” と読むことが多くありました(ちなみに梅も “んめ” と読むことが多かったとか)。そのため、冒頭の歌でも “おんま” と発音しています。
「雲の蔭」の歌詞
いそがにやお馬よ 夜が明けよ
手綱の下から ちよいと見たりや
お袖でお顔を 隠してる
お袖は濡れても 干しや乾く
雨降りお月さん 雲の蔭
お馬にゆられて ぬれてゆく
“夜が明けよ” は、原詩では “夜が明ける” になっています。
“手綱” は “たづな” と読みます。
雨なのに月?どういうこと?
雨でも月が出ていることはあります。しかし、この歌では、月は雲の蔭に隠れており、その月をお嫁に行く女性に見立てていると解釈するのが良いかもしれません。
月は顔、雨は涙、雲は袖か
月は女性の顔で、雨は涙。雲は、泣き顔を隠している袖なのかな?と私は捉えたくなりますが、そんな単純で良いのかと思ったりもします。野口雨情の本心は分かりませんが、ともかく雨の日の月に想いを馳せたのは、なんとも素敵ですね。
ただ、天気の状況によって、たまに雲が裂けて月が見える瞬間もあるでしょう。そんなとき、その女性はどんな表情をしているのでしょう。気になりますが、あまりまじまじと見ないでおこうと思います。
雨が上がっても、お嫁に行った女性の哀しみは計り知れないでしょう。
馬に乗る女性
お嫁に行く女性は、馬に乗って手綱を掴んでいます。これは、「雲の蔭」が掲載された『コドモノクニ』の挿絵(作:岡本歸一)で描かれています。また、中山晋平の『童謠小曲』第8集にも、その姿の挿絵(作:加藤まさを)があります。
これは馬行列や花嫁行列などと呼ばれる伝統行事が元となっていると思われます。花嫁を馬に乗せて、花嫁が手綱を引いたりして馬をコントロールし、目的地へ向かいます。
ちなみにこの女性、いったい誰なのでしょう。
野口雨情の娘は幼くして亡くなったという話は有名ですが、その娘が嫁ぐことを想像したのでしょうか。はたまた、妻の気持ちを歌ったのでしょうか。そのどちらでもないのか、どちらでも良いのか……。真相は分かりませんが、色々想像をめぐらすことができます。
ヨナ抜き音階と日本的な歌い方
「雨降りお月」も「雲の蔭」も、ヨナ抜き音階が用いられていおり、それが日本的な味わいを醸し出しています。作曲者の中山晋平は、きっと意図的にそのようにしたのでしょう。
ヨナ抜き音階とは
ヨナ抜き音階というのは専門用語のようなもの。少しここで説明します。
ヨナは4と7。つまり、音階の4番目と7番目の音。それらを抜いた音階のことを、ヨナ抜き音階といいます。
ドレミファソラシドの音階で作られるメロディーでは、4番目はファ、7番目はシに該当します。「雨降りお月」のメロディー冒頭は、ドレミーラーソーミレドーレーミレドレミラソーですが、ファとソが見当たりません。そんな調子で、歌の最後までファとシが出てきません。
今回の歌は、ヨナ抜き音階の中でもヨナ抜き長音階と呼ばれ、日本古来の旋法に由来します。(西洋の五線譜で考えると)ヨナ抜き長音階は呂旋法(りょせんぽう)と同じであり、スコットランドの音階とも同じです。スコットランド民謡を聴いてどことなく日本的情趣を感じるのはこのためです。演歌とかも、このヨナ抜き音階が使われていることが多いですね。
重力に従った歌い方を
日本的な味わいと、ベルカントや西洋的な節回しとは相性が悪いです。ヨナ抜き長音階のような呂旋法由来の音階を使った歌では、ベルカントや西洋的な節回は一旦忘れて良いでしょう。むしろ、日本的な節回しを意識すべきです。
日本的な節回しのひとつとして意識したいのは、重力に素直に従った歌い方です。低い音は重めに、高い音は軽く歌います。足の裏をしっかり地面につけ、着物を着ているときのように足をあまり高く上げずに進む感じで歌います。
まあただ、あくまで好みの問題ともいえるため、必ずその通りにしなければならないことはありません。実際ベルカントで西洋的に歌っている方もいて、それを好む方もいらっしゃいます。そういう方々の否定はしません。
「雲の蔭」のリズム等に注意
「雨降りお月」と「雲の蔭」は、微妙にリズムが異なります。「雲の蔭」ではリズムや音が少し異なり、少し歌いづらいかもしれません(慣れるとそこが面白いのですが)。
たとえば歌い出し部分。一小節ごとにスペースで区切ってみましょう。
雨降りお月:
ドレミーラー ソーミレドーレー ミレドレミラ ソー
雲の蔭:
ドレミラソーミレ ドレドーレー ミレドレミラ ソー
この続きのメロディーも、両者には違いがあります。ゆとりがある方は聴き比べをし、できれば楽譜もご覧になってみてください。しかし、「雨降りお月」の楽譜の中に「雲の蔭」の歌詞も併記してある場合、それは邪道です!本来これらは別個の曲なので、「雲の蔭」は「雨降りお月」の後ろに掲載すべきです。
“お馬” の発音は “おんま”?
歌詞の説明のところにも書きましたが、”お馬” を “おんま” と発音するのが、おそらく当時の日本では多かったと思われます。歴史的な童謡歌手の平井英子もそのように歌っています。
元々〈馬〉〈梅〉は〈むま〉〈むめ〉と表記し、それぞれ mma mme と発音したそうです。そしてやがて〈うま〉〈うめ〉と書くようになり、発音もその表記につられて uma ume に変化していきました。
そういえば「おうま」という歌があります。”おうまのおやこは なかよしこよし” で始まる童謡です。これも、発表当時は “おんまのおやこは なかよしこよし” と発音したそうです。
ちなみに、”誰” の発音も、昔は “たれ” でした。ただ中山晋平は、作曲時に “だれ” と当てています。
こうやって言葉の発音ひとつとっても、きちんと見てみると実に奥が深いものですね。


コメント