母さんたずねて(斎藤信夫、海沼實)まい子のまい子の子すずめは…

唱歌・童謡

お待ちしておりました!

『母をたずねて三千里』というアニメをご存じの方もいると思いますが、今回はそれとタイトルが似ている童謡「母さんたずねて」を取り上げます。

こんな歌です。私の歌でよろしければお聴きくださいませ。

とても悲しい歌ですね。この後、子すずめは母さんを見つけることができたのでしょうか。無事に会えていたらいいんですが……。

では早速、この童謡らしからぬ悲しい歌について、掘り下げていくことにしましょう!

戦争が背景にある歌なの?

一見、子すずめが親すずめを探す内容ですが、童謡というのはけっこう深い背景があったりします。今回の「母さんたずねて」もそうで、おそらく戦争が背景にあるのではと考える方もいるかもしれません。

まずは歌詞から見ていきましょう。

歌詞

まい子の まい子の 子すずめは
お背戸のやぶで
母さんたずねて 呼んだけど
サラサラ つめたい
風ばかり 風ばかり
 
まい子の まい子の 子すずめは
お寺の屋根で
母さんどこよと 聞いたけど
ポクポク 木魚の
音ばかり 音ばかり
 
まい子の まい子の 子すずめは
お山のかげで
母さんさがして 鳴いたけど
キラキラ 夕日の
影ばかり 影ばかり

行元寺と、作曲者の息女のことば

「母さんたずねて」の舞台は、千葉県いすみ市にある行元寺(ぎょうがんじ)とその周辺だそうです。行元寺には、歌碑と、作曲者・海沼實(かいぬまみのる)の息女である海沼美智子さんのことばがあります。以下に引用します。

作曲の舞台となったのは、行元寺とこの周辺ではないかと言われている。
作曲は昭和22年(一九四七年)、作詞は六年さかのぼって昭和16年に作られている。
竹やぶを横切る風の音、響き渡る木魚の音……。迷子になった小雀は、昭和19年にこの寺に集団疎開してきた、東京都本所区(現墨田区)の外手国民学校四年生の児童たちを思いおこさせる。

昭和19年の集団疎開との関係

海沼美智子さんのことばでは断定的な言い方はされていませんが、集団疎開をにおわせています。

疎開とは、戦火から逃れるために比較的安全な地域へ移されることをいいます。子どもたちは親から引き離されたりします。ある日疎開先から故郷へ戻っても、親はもういないかもしれません。

美智子さんのことばに出てくる1944(昭和19)年は、終戦の前年です。日本でも戦争が激しく繰り広げられた年。学童疎開促進要綱が決定された年でもあり、多くの子どもたちが集団疎開を余儀なくされたことでしょう。

ただ、作詞は1941(昭和16)年とのことなので、1944(昭和19)年の外出国民学校の集団疎開が歌詞に反映されているはずはありません。また、集団疎開を描かれているとは限らない点にも注意が必要です。

発表は終戦後

作詞は終戦前、作曲と発表は終戦後です。世の中の人が、戦時中の子どもたちの心境をイメージしながらこの歌を聴いたとしても、何ら不思議ではありません。

いや、子どもの心境のみならず、大人の心境でもありましょう。戦争で親と別れた人は、なにも幼い子だけではありません。すでに大人である息子や娘も含みます。いつになっても親は親、子どもは子ども。毒親ならいざ知らず、大切な親と別れて悲しいはずがありません。

「母さんたずねて」は、そんな人たちの心に沁み渡ったではないでしょうか。そして現代人にも通ずると思います。

単なる情景としての魅力も

戦争の話は置いておき、単なる情景として捉えたとしても、この歌の歌詞は心に沁み入ってきます。本当に素晴らしい歌詞だと感じます。

1番では、つめたい風が孤独感と不安をかき立てます。子すずめが不憫に思えてなりません。

2番では、木魚の音があまりに残酷です。掻き乱された子すずめの感情と、機械的にポクポクと鳴る無情な音。せめてお経が子すずめの救いになればいいなあと思うけれど、果たして……。

3番では、陰と陽の対比が絵になります。しかしとても悲哀に満ちています。人知れず、子すずめは母さんを求めている。時が経過して世の中が平和になっても、子すずめの心にはかげりが差していますね。

あ、結局深刻な解釈になってしまいましたね。

最大のポイントは “ー〜” である

変な見出しを付けてしまいましたが、ここからは音楽的な話です。

「母さんたずねて」は、メロディーが親しみやすくて歌いやすいですよね。ただ、1箇所だけ少し変な箇所があるのです。それは12小節目にあります。

12小節目の “ー〜”

12小節目は、たとえば1番だと次のように歌います。

かーぜばーかりー〜

(もう少しこだわって書くと、

かーぜばーかりーいぃ

となります。)

その “りー〜” がこの歌の要。”りー” とただ伸ばすだけでも、”りー〜” と節を回しても意味は変わりませんし、音楽的にはどちらも理屈が通ります。

だけど、わざわざ節を回しているのですよね。シンプルに歌わないということは、そこに感情を入れ込まざるを得ないというわけです。作曲者なりの工夫なのだと思います。どんな感情かは、歌い手自身が考えることですね。

“ー〜” を受けての13,14節目

演歌のごとく “ー〜” に感情を乗せ、それを受けて最後のフレーズで歌い終わります。

最後(13,14小節目)、

かぜーばーかりー

は、割とあっさりいったほうが良いですね。二度もねっちり歌うとクドいかもしれません。まあただ、3番 “かげーばーかりー” だけは未練がましく歌い終えるのも良いと思います。

また、私としては、音楽的には13,14小節目がなくて12小節目で曲を終える形で音づけをするのが自然に感じます。でも、作詞の段階で同じことばを繰り返しているわけなので、12〜14節目の一帯は、それに合わせてうまく音を付けた痕跡にも見えてきます。

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