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朝晩はだいぶ寒さを感じる頃となりました。10月ももうすぐ終わり。冬の足音が聞こえてきます。そういえば、数年前ほどと比べると、ハロウィーンが静かですね。気のせいでしょうか。
今回は唱歌「雁」。「雁がわたる」とも呼ばれます。まずは私が歌ったものを掲載します。
讃美歌を思わせる美しいメロディーの作品ですが、残念なことに作詞者も作曲者も不詳です。なんとなく紅葉コンビのような気もしますけどね(また後述します)。
では、唱歌「雁」について、まずは歌詞から見ていくことにしましょう。
歌詞とその解釈、言葉の意味
「雁」は、1912(明治45)年の『尋常小學唱歌』第三學年用に掲載されました。読みは “かり” と思われます。また、1932(昭和7)年の『新訂尋常小學唱歌』第三學年用では「雁がわたる」という曲名になっています。
歌詞
雁がわたる、
鳴いてわたる。
鳴くはなげきか喜か。
月のさやかな秋の夜に、
棹になり、かぎになり、
わたる雁、おもしろや。雁がおりる、
連れておりる。
連は親子か友だちか。
霜の眞白な秋の田に、
睦ましく連れだちて
おりる雁、おもしろや。
解釈文
「雁」の歌詞の解釈については、『尋常小學唱歌』と同じ年に発行された『文部省編尋常小學唱歌敎材解説』第三編 尋常三學年用にて解説されています。
まず以下に、歌詞の口語解釈文を引用してご紹介します。
あれご覧なさい。一群の雁がカラコロと鳴きながら飛んで行きます。あれは何にか悲しいことがあつて鳴くのでせうか。或は喜ばしいことがあつて鳴くのでせうか。鳴きながら月の明るい、晴れ渡つた秋の夜の高い空を棹の樣に眞つすぐになつたり、鈎の樣に曲つたりして飛んで行きます。ナント面白いではありませんかとの意。
あれご覧なさい。澤山の雁が一緒に下ります。あの連は親子でありませうか、友だちでありませうか、霜が眞白に降つた秋の田の面に、仲よく連れ合つて雁が下ります。ナント面白い鳥ではありませんかとの意。
以上はやや古めかしい日本語で書かれているので、以下に、分かりやすく書き直してみました。
ほらご覧なさい。雁の群れがカラコロと鳴きながら飛んでいきます。あれは何か悲しいことがあって鳴くのでしょうか。あるいは、喜ばしいことがあって鳴くのでしょうか。鳴きながら、月の明るい晴れ渡った秋の高い空を、棹のようにまっすぐになったり、鉤のように曲がったりして飛んでいきます。なんと興味をそそられることでしょうという意味。
ほらご覧なさい。たくさんの雁が一緒に下ります。あの連れは親子でありましょうか、友だちでありましょうか、霜が真っ白に降った秋の田の一面に、仲よく連れ合って雁が下ります。なんと風流な鳥なのでしょうという意味。
言葉の意味
そこまで難しい単語はありませんが、よりイメージを鮮明にするため確認したいと思います。
- 雁:Wikipediaによると、”カモ目カモ科ガン南能衛亜科の水鳥のうち、カモより大きくハクチョウより小さい一群の総称” とのこと。また、”宮城県の県鳥、埼玉県川越市の市鳥に指定されている。枕詞は「遠つ人」” との解説もあります。遠つ人とは、遠くにいる人を待つということ。雁はよく、遠つ人になぞらえられます。そのつもりで再度「雁」を歌ってみると、印象がガラッと変わります。雁は現在保護鳥に指定され、狩猟が禁じられています。
- さやか:くっきりと明るく澄んでいる様。感じで書くと〈清か〉となります。
- かぎ:シーンによって形状は色々ですが、物を引っかけたり、引き寄せたり、繋ぎ合わせたりする器具のこと。漢字だと〈鉤・鈎〉。先述の解説によると曲がったかぎなので、キーを意味する〈鍵〉とはまた異なるかと思います。
- おもしろや:現代語の〈おもしろい〉とは異なり、趣がある、風流であるといった意味もあります。文脈によっては興味深い、愉快だ、魅力的だ等とも訳せます。昔は現代よりも幅広い意味を持っていました。
- 睦ましい:現代だと〈睦まじい〉です。仲が良い、親しいといった意味です。しかし昔は、慕わしい、懐かしいといった意味もありました。今回の歌ではシンプルに、仲が良いと捉えれば良いと思います。
私の所感
現代人には、空を飛ぶ鳥を見てあれこれ考える心のゆとりが無い人が多いと思います。何かにつけて効率を目指す昨今、その副作用のひとつは、抒情に対する希薄化ですね。私も、日々の忙しさに取り紛れて、つい心のゆとりを失ってしまいます。 もっと花鳥風月、森羅万象に目を向けたいものですね。
作詞者・作曲者は紅葉コンビなの?
唱歌「雁」の作詞者と作曲者は不詳とされています。『尋常小學唱歌』では合議制で作られているため、具体的な著作者を知り得ません。ただ、その合議のメンバー構成を参考に、作者予想もよく行われたりします。
『尋常小學唱歌』作詞メンバー・顧問
『尋常小學唱歌』の作詞メンバーには以下の6名がいました。歌詞案を出したり、修正を議論したり、教材としての適切性を検討したり、という実務的な役割を担っていたメンバーです。
- 吉丸一昌(作詞委員会代表)
- 富尾木知佳
- 乙骨三郎
- 武笠三
- 高野辰之
- 島崎赤太郎
吉丸一昌は、「早春賦」や「故郷を離るる歌」などで有名な方。高野辰之は、岡野貞一とコンビを成した「紅葉」「故郷」「春が來た」「朧月夜」などで有名ですね。
また、同委員会には下記の顧問もいました。顧問は、より高度な視点からアドバイスやチェックを行なった人たちです。
- 芳賀矢一
- 上田萬年
- 吉岡郷甫
作詞にはこれだけの人が携わっていたため、作詞者不詳の歌詞を誰の著作かと特定しようとするのは困難ですし、野暮とすらいえます。
『尋常小學唱歌』作曲メンバー
『尋常小學唱歌』の作曲メンバーには以下の6名がいました。
- 島崎赤太郎(作曲委員会代表)
- 岡野貞一
- 上眞行
- 楠美恩三郎
- 南能衛
- 小山作之助
出ましたよ岡野貞一、高野辰之との名コンビ!「紅葉」「故郷」「春が來た」「朧月夜」を書いた人です。上眞行の曲は「一月一日」が有名ですね。南能衛は「村祭」「村の鍛冶屋」など、そして小山作之助は「夏は來ぬ」「敵は幾萬」などを書いた人です。
「雁」に見る紅葉コンビらしさ
名コンビの高野辰之&岡野貞一。彼らは「紅葉」「故郷」「春が來た」「朧月夜」などを書いたコンビ。私は勝手に紅葉コンビと呼んでいます。
少し主観的なお話になりますが、上記に例示した曲は、いずれも伴奏が和声的かつ明快で、メロディーも非常に美しく覚えやすいものです。言い方を変えると、讃美歌のような感じ。讃美歌は大衆が容易に歌えるように作られていながらも格式が高いものが多いですが、例示したものもそんな感じです。岡野貞一はクリスチャンで教会オルガニストでもありましたから、作曲時の意識にあったと思います。
唱歌「雁」についても、例示したものと作風(というか雰囲気)が実によく似ている気がします。メロディーも美しい。だから岡野貞一くさい。そして岡野貞一とくれば高野辰之。彼は彼で、景色の中に深い抒情を見る歌詞を書きそうです。したがって「雁」の作者は紅葉コンビではないか?と思いたくなるのです。
ただ、残念なことに証拠はなく、可能性の域を出ません。しかし、特定できてもできなくても、また今後もし新たに作者が判明し、実は紅葉コンビではなかったとしても、「雁」が素敵な歌であることに変わりはありません。


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