冬の夜(作詞者・作曲者共に不詳)燈火ちかく…

唱歌・童謡

お待ちしておりました!

年末は色々とバタバタとしますが、もうすぐ静かな正月がやってきます。実家に帰省して、家族とあたたかな団欒を過ごされている方も多いでしょう。

そこで今回は、文部省唱歌の「冬の夜」について見ていこうと思います。まずは私がしめやかに歌ったものを掲載します。

新春を待ちわびる様子が浮かんでくる歌ですが、どこか切ない感じもしますね。このあたたかなひとときがいつまでも続いてほしい。そんな気もします。

では「冬の夜」について掘り下げていきましょう!

歌詞と世相、そして改変

何はともあれ、まずは歌詞を掲載しましょう。

歌詞

燈火ちかく衣縫ふ母は
春の遊びの樂しさ語る
居並ぶ子どもは指を折りつつ
日數かぞへて喜び勇む
圍爐裏火はとろとろ
外は吹雪

圍爐裏の端に繩なふ父は
過ぎしいくさの手柄を語る(過ぎし昔の思ひ出語る)
居並ぶ子供はねむさ忘れて
耳を傾けこぶしを握る
圍爐裏火はとろとろ
外は吹雪

これを読んでいただくと分かるように、2番では “いくさ” というものが出てきます。当然これは戦争のことを指します。「冬の夜」は1912(明治45)年の歌なので、その戦争は、日清戦争や日露戦争を指しているものと思われます。

衣縫う母と縄なう父

1番の歌詞に登場するのは衣縫う母。きっと子どもたち(当時は一般的に多子だった)に服を作っているのでしょう。やさしい家庭的なお母さんです。ジェンダーに敏感な現代に作ったら批判を受けそうな歌詞ですね。

正月の遊びを含め、春に訪れる楽しい日々を語っている、なごやか雰囲気。外が吹雪だからこそ、対比が効果的です。

2番には縄をなう父が登場しますが、雪のため農作業ができない冬は、縄をなって小物を作り、収入を得ていたそうです。働くお父さんです。これも多様性の現代だと議論になりそうです。

父はかつての戦争の話をし、それを聴いていた子どもたちは、力がこもり、拳を握ります。「俺も闘うぞ!お父さんみたいになるんだ!」「ハッハッハッ!頼もしいな!」という親子の会話が聞こえてきそうです。

なお、歌う際、”繩なふ” はナワノーと発音します。文語のルールに従うためです(もし口語ならナワナウで良いですが、今回は文語です)。

歌詞の改変

時代は下って1941(昭和16)年、太平洋戦争が勃発します。ところが、その時の音楽の教科書には「冬の夜」が掲載されなかったそうです。理由は不明ですが、歌では戦争は過去のものとの印象があったので、そのせいではないかといった考察があります。

また、当然に戦後は批判があったことでしょう。だって戦争をイメージさせる歌詞ですから…。先述した歌詞には括弧書きのものを併記しました。その括弧内の歌詞は、戦争色を消した変更後のものです。

 過ぎしいくさの手柄を語る →過ぎし昔の思ひ出語る
 
戦後の教科書には掲載されなかったようですが、歌うことがあった際は、上記の日和見した内容で歌ったそうです。ひょっとしたらこれで覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
 

この改変に対する私の思い

ただ、史実から目を背けるほうが教育上良くない気がします。もちろん戦争はダメですが、史実をきちんと説明し、改変せずに歌うことも大切です。それが作者への敬意ですし、歌から歴史を学ぶということでもあります。

さらに、歌詞の改変により、子どもが拳を握るに至った原因がよく分からなくなってしまいました。どういう思い出話なのかの言及がないと、何か緊張感のある話か?腹立たしい話か?と想像することになります。でも、現代の人には戦争だとはストレートに分かりません。

昔とは変わったものと、不変なもの

現代には現代での理想的な家庭というものがあります。生活事情が多様化し、ジェンダーに対する価値観も変化しており、古い考えにとらわれない家庭も増えています。”個” に視点を置くことも増え、発達障害を抱える私自身も生きやすい世の中になりつつあります。

ただ、昔は昔で、それなりの良さがあったことでしょう。「冬の夜」で描かれている情景も、電気はありませんが、当時としては理想的な家庭であったと思います。家庭的でやさしいお母さんに、働き者でかっこいいお父さん。そして一家団欒のあたたかさ……。

そのあたたかさは、生活様式が変われど、いつの時代も多くの人が求めているものでしょう。今も昔も同じ。だからこそ、この「冬の夜」が心の奥に響いてくるのだと思います。この歌の良さはそこなのです。

作詞者と作曲者の謎

「冬の夜」は素敵な唱歌ですが、いまだに作詞者と作曲者は判明していません。

文部省唱歌は合議制で作られたため、作者を特定できないことは当たり前であり、作詞と作曲を各一人ずつが担ったとも限りません。

ただ、下記の説があります。

作詞者は下村炗?

一説には、「冬の夜」の作詞者は下村炗(読みは ‘しもむらひかる’ か?)という人物だったのではとのことです。これは、『小学唱歌教科書編纂日誌』の1910(明治43)年4月16日の記録に、

一、下村炗に《冬の夜》(中略) と題する歌詞の製作を依頼す

という記述があるのが根拠になっています。

なお、下村炗は、尋常中学校、高校、大学などの教師を務めた人物です。果たして本当に彼が「冬の夜」の作詞をしたのでしょうか。私はそうだと思いますが、一応作詞者不詳と結論づけます。

作曲者は岡野貞一?

一方で、作曲したのは岡野貞一ではないかとの説もあります。

岡野貞一とは、「故郷」や「紅葉」などを書いた人です。彼はクリスチャンで教会オルガニストでもありました。そのため、オルガンで伴奏を弾くとしっくりきたりします。

今回の「冬の夜」も、たしかにオルガンで弾くとしっくりきます。ただ、唱歌ってそういう歌が元々多いし、しかもしっくりくると思って聴くとなんとなくしっくりきてしまうものなので、「冬の夜」は岡野貞一が書いたと思う!とまでは言えないと思います。

ただ、下村炗と岡野貞一には交流があり、たとえば共生女子職業学校の校歌は2人の作品です。

伴奏の改変も

歌詞の改変については前述しましたが、伴奏についても、実は改変がありました。

1912(明治45)年『尋常小学唱歌』第三学年用で初出した「冬の夜」は、1932(昭和7)年『新訂尋常小学唱歌』で、8小節目の右手の音に改変が施されました。

具体的には以下の画像のとおりです。赤丸と青丸の箇所をご覧ください。

ドレミ音楽出版社『日本抒情歌全集1』
『日本抒情歌全集1』(ドレミ楽譜出版社、長田暁二編) より
 
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音楽之友社『日本の唱歌』
『日本の唱歌 決定版』(音楽之友社、藍川由美編) より

 

特に赤丸に注目したいのですが、ドの音がシャープ付きになりました。この改変は、16小節目の音づかいと整合性を持たせたことによります。冒頭の私の演奏もシャープ付きで弾いています。

些細なことですが、これだけでも印象は変わります。何を採用して演奏するかは、演奏者の意思に委ねられています。

 

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