沙羅(清水重道、信時潔)林音なく日の暮は…

歌曲

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7月になり、蒸し暑さもより一層しつこくなったように感じます。私の嫌いな虫もたくさん。ああ、あと数ヶ月は虫の恐怖に怯える生活を送らねばならぬのか。

さて今回は、信時潔の歌曲集『沙羅』の第4曲「沙羅」を取り上げたいと思います。まずは私が歌ったものを掲載しますね。

はっきり言って、つかみどころのない雰囲気です。しかしそれがまた良いのかもしれません。

では、以下にて「沙羅」について掘り下げていきましょう。

歌曲集『沙羅』の第4曲「沙羅」

清水重道が1935(昭和10)年に書いた詩に信時潔が曲をつけ、その翌年に発表したのが歌曲集『沙羅』です。この歌曲集は下記の曲からなります。

  • 丹澤
  • あづまやの
  • 北秋の
  • 沙羅
  • 行々子
  • 占ふと
  • ゆめ

いずれも格調が高く、日本らしい情緒があります。連作歌曲ではないためすべての曲に直接的な関連はないものと思われますが、8曲続けて聴くと、それもまた清水&信時の世界観に酔いしれることになりましょう。

木下保などの音楽家によって合唱版に編曲されたものもあり、現代においても比較的人気の高い歌曲集です。ただ、歌詞が古めかしい書き方になっているため、聴き手からすると歌詞カードがあるとありがたいですね。

そして今回の「沙羅」は、歌曲集『沙羅』の第4曲であり、集のタイトルにも採用されています。

歌詞の解釈や語句の意味

ここで「沙羅」の歌詞を掲載し、私なりに読み解いていきたいと思います。

歌詞と口語訳

林、音なく
日の暮は
ゆめのごとし

眞玉夕つゆ
おもくして
沙羅の花ちる

さゝさら
沙羅の花
ほの黃色なる

【口語訳(訳:弥生歌月)】

林は音がなく静まり返っており、日没の頃は夢のようだ。
沙羅の花びらに乗っている、真玉をなす夕露は重く、その重さに花びらは耐えきれず散る。
ささら沙羅の花。黄色いささらのような穂を持つ花よ。

沙羅とはどんな花?

沙羅は夏椿(ナツツバキ)ともいい、夏の花です。春先に花を咲かせるツバキと同じツバキ科ではありますが、異なる花です。

平家物語の冒頭文にも、娑羅双樹(サラソウジュ、シャラソウジュ)が登場します。本来の娑羅双樹は沙羅(ナツツバキ)とは異なり、原生地はインドで春に花を咲かせます。日本の多くの寺院に植えられているものは、今回話題の沙羅(ナツツバキ)であり、平家物語の娑羅双樹はそれを指すと考えられます。

平家物語の冒頭文は以下のとおりです。

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

“娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす” とあることから、沙羅の花は儚いものといえます。実際、朝に咲いて翌日までには散ってしまいます。今回の歌の中にも、夕露の重さで散る描写がありますね。

夕露って何?

歌の中に夕露が出てきますが、これは夕方におりる露を指します。秋の季語ですが、秋に限ったものではありません。

夕方になって涼しくなると、大気中の水蒸気が冷え、水滴となって物の表面に付着します。ですから、暑い夏のイメージにはあまりしっくりこない単語といえます。

ただ、今回のシーンは林。しかも木々が生い茂っていて、暗い景色が想像されます。きっと避暑地のような涼しさがありましょう。私の生徒は、〈あたりは暗く、シーンと静まり返っているが、沙羅の花が散る時だけカサッと小さく音を立てる〉と想像していました。まさにそれですね。

謎な表現 、さゝら

私が最も謎に感じたのは、”さゝら” という語句です。

ささらって、いったい何でしょうか?

まず第一に思ったのは、ことば遊び。”ささらさら” という語感を生み出し、まさに散る際にササッという音が小さく聞こえてきそうです。

第二に、黄色い穂の比喩。物を洗う道具に簓(ささら)というものがありますが、これは、竹の先を細かく割って束ねた形状の道具です。沙羅の穂を見ていただくと、まるで簓のような見た目だと分かります。AIに比較画像を描いてもらったので、以下に貼り付けます。

沙羅と簓

沙羅と簓

沙羅がどうしたというのか

この歌では沙羅の様子を描いていますが、いったいさそれがどうしたというのでしょうか。

そのように私は疑問に思いましたが、きっと愚問ですね。

音楽というのは、理解する以外にも感じるものでもあります。ただただその歌の世界に酔いしれるだけのこともありますし、その感じ方を通して森羅万象や抒情に触れるということでもあります。

考えるだけ無駄かもしれません。

音楽の仕組みと歌い方

「沙羅」は、全体的に掴みどころのない幻想的な雰囲気をまとっています。それが良い点でもあるのですが、今一度仕組みを押さえることで、作品への理解が深まるかもしれません。

大きく分けて二部構成

音楽的な観点から見ると、「沙羅」は二部構成になっています。かなりざっくり言うと、短調のところ(A)と長調のところ(B)の2つです。

Aは、”沙羅の花ちる” までのところ。Bは、途中でガラッと伴奏がかわいい雰囲気になり、歌でいうと1オクターブ高く歌うことができるようになっているところです。

曲の明暗ともいいますか、その差を意識すると良いと思います。

Bを1オクターブ高く歌うかどうか

Bの部分では、歌は1オクターブ高くして歌うことができます。しかし正直言って、これをただ高くして歌うだけだと雰囲気を壊します。苦しそうに聞こえてはいけないし、力を感じさせてもダメ。

そこで私は、ファルセット(裏声)を使って歌う方法をとりました。だから冒頭の動画のように、AとBとでは声の質がガラッと変わっています。

1オクターブ上げるか否かは、歌い手が決めることであり、どちらが良いとかはないでしょう。自分の思い描く雰囲気や世界観を表現できるほうで歌うと良いと考えます。ただ、高い声がうまく出せないなら無理しないほうが良いですね。

くっきりと歌う

この歌は、曲調からしてぼやけやすく、言葉もモヤッとしやすい。そのため、言葉一つひとつをくっきり歌っていくことが大切です。

子音を立て、単語のまとまりをきちんと把握し、どうしたら日本語が明瞭に聞こえるかを考えて歌うというわけです。

それだとかの歌の幻想的な雰囲気が台無しでは?と思う人もいらっしゃるかもしれませんが、くっきり歌ってちょうど良いのです。逆に雰囲気に呑まれてしまうと、存在感のない霞のような仕上がりになってしまいます(あえてそれを目指すら話は別ですけどね)。

ピアノに見る、私の好きな音

伴奏のピアノは歌とは異なる音楽を奏でていて、ピアノと歌とが織りなす調べが、またこの「沙羅」の醍醐味ともいえます。

その中でも特に私が好きな音がありまして、それはAの部分の一番最後にある C(ドのナチュラル)です(下図の橙◯の音)。

沙羅より

この音は、次のBへ移るうえでのキーとなる音だと思います。何と言いましょうか、世界観を変えるきっかけとなる音とか、視点を変える音とか、気づきを与える音とか、そんな感じの音。とてもイイ音です。

情景でいうと色んな捉え方があると思いますが、水滴が一滴ポタッと落ちて林に響くといったイメージもありますし、突然何らかの生き物の声や音がこだまするともイメージできますね。日本庭園が近くにあるなら、ししおどしの音かもしれません。

ただ、信時潔が何をイメージしていたのかまでは分かりません。でも必要だから書いてある音です。

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