お待ちしておりました!
日本歌曲を学ぶ人ならきっとご存じであろう「あの子この子」。やるせなさと渋さが混ざり合ったような歌ですね。
手前味噌ですが、まずは私が歌ったものをお聴きください♪
作曲者は「とんぼのめがね」を書いた人
1943(昭和18)年の作品で、作詞は北原白秋、作曲は平井康三郎。歌曲集『日本の笛』の第5曲にあたります。オリジナルの譜面は戦争で焼失とのこと。
北原は、山田耕筰とタッグを組むことが多く、「この道」「待ちぼうけ」などを遺しています。平井は、かの有名な童謡「とんぼのめがね」や「スキー」を書いた人ですね。
「あの子この子」の曲調は、本当に同じ人が書いたのか?と思いたくなるような感じがしますね。歌詞も独特で、この歌の好みは人によって大きく分かれそうです。
やたら強調される “死”
「あの子この子」の歌詞はこうです。
あの子もとうとう死んだそな
嫁取り前じゃになんだんべ
かぶら畑にゃ鰯がはねる
お墓まいりでもしてやろか
この子もとうとうおっ死んだ
嫁入り前だになんだんべ
花はじゃがいも うす紫よ
かねでもたたいていきましょか
どの子もどの子もなんだんべ
色事ひとつも知んねえでな
子芋も(は)どっさり増えたによ
かわいそうだよ まったくなあよ
お読みになってのとおり、1番は男性の死への嘆き、2番は女性の死への嘆き、3番はそれらを総じての嘆きを歌っています。嫁取りだの嫁入りだの色事だの出てきますから、恋愛や結婚を知らずして死んでいった男女のことを想っているものと思います。
“死” が意味するところ
ただ、この “死” が意味するところは一体何なのでしょう?
私が思うに、とりわけ深い意味はないのではないでしょうか。
「あの子この子」が収められている『日本の笛』は、日本の地方の伝統的情趣や風景を切り取ったかのような歌々で構成されています。歌を通して日本旅行ができる!というわけですね。
「あの子この子」は、そんな日本津々浦々を旅行しているときに見た一部始終のような感覚で聴くのが良いかもしれません。
舞台は漁村
「あの子この子」は、神奈川県の三浦岬に位置する漁村での情景を描いているそうです。
なるほど。だとすれば独特な言葉づかいも納得がいきます。
歌の中で多用される方言
私は民俗学者や言語学者ではないので詳細は分かりませんが、”なんだんべ” や “おっ死(ち)んだ” や “〜なあよ” は、関東地方に残っている方言のようです。現代でも “〜だべ” という方言なら、非関東人であっても知る人が多いでしょう。
方言が日常的に多用されるというのはそれなりに都市化の進んでいない地域ですから、仮に関東地方だと知らなくても、歌から田舎らしさを感じ得ることと思います。
現に私の妹も、この歌を聞かせたら「野暮ったいおっさんが歌ってそう」と言いました。「舞台は漁村らしいよ」と教えると、「ぽい!」と納得していましたね。
英題は「Old man’s lament(老人の嘆き)」
なお、リニューアル版ともいえる、1971(昭和41)年発行『平井康三郎歌曲集 日本の笛』(全音楽譜出版社) を見てみました。こちらには英語タイトルも付され、「あの子この子」には「Old man’s lament(老人の嘆き)」とありました。
“かぶら畑にゃ鰯がはねる” とは??
この歌の歌詞に謎な描写があります。それは、
“かぶら畑にゃ鰯がはねる” です。
かぶら畑は陸で、鰯(イワシ)が生息するのは海なので、もし本当にかぶら畑に鰯がはねていたら、それは呼吸ができずにパタパタ暴れて死に向かう鰯といえます。
しかしそんなことをしてどんな意味があるというのでしょうか。
一体何でしょう??
鰯の肥料か
私が思うに、鰯というのは、たぶん鰯の魚粉なのです。これを干鰯(ほしか)といいます。日本では古くから使われている肥料です。昔、農業と漁業とを兼業していた人たちが、余った鰯で肥料をこしらえたのです。漁村なら十分ありえることです。
干鰯を撒くと、野菜が美味しく育つそうですね。きっと農夫か誰かがかぶら畑で鰯の粉をパーッと撒いていて、それを歌では “鰯がはねる” と表現しているように思います。
1番と2番と3番とで変わる強弱
この歌の特徴として、渋い民謡調であることもありますが、1番と2番と3番とで強弱の指定が変化する点も挙げられます。
その歌いわけは、単に強弱だけの問題ではなく、感情表現にも関わってきます。人それぞれで解釈は異なりますが、私の場合、1番は淡々と、2番は噛み締めながら、3番は感情を露わにしつつ歌いたいところですね。
ピアノ伴奏にも、歌に合わせた強弱記号が付いています。歌とピアノのバランスにも注意が必要ですね。
最後に余談ですが、「あの子この子」っていうことばの語感、なんとなく今流行りの “しかのこのこのここしたんたん” を彷彿とさせませんか!?


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