ふじの山(巌谷小波、作曲者不詳)あたまを雲の上に出し…

唱歌・童謡

お待ちしておりました!

2026(令和8)年となりました。午年です。気づけばお正月も終わり。今年もこうやって瞬く間に時間が過ぎていくのですね。

さて、今年一発目のお話は、唱歌「ふじの山」について。まずは私が歌ったものを掲載します。

この歌は、弾き歌いしていても、とても気持ち良く歌えます。酔いしれて歌ってしまっては歌い手としてはあまりよろしくないですけどね。

では、早速解説をしていきましょう。

歌詞と解釈

元々は『尋常小學讀本』にて詩のみが掲載されましたが、1910(明治43)年、『尋常小學讀本唱歌』に歌教材として掲載されました。

歌詞

あたまを雲の上に出し
四方の山を見おろして
かみなりさまを下にきく
ふじは日本一の山。

靑空高くそびえたち
からだに雪のきものきて
かすみのすそをとほくひく
ふじは日本一の山。

擬人化された富士山

この歌では、富士山が擬人化(ぎじんか)されています。擬人化とは、人間でないものを人間かのように表現することをいいますが、この歌ではどう擬人化されているでしょうか。

歌詞の意味はさほど難しくないかと思います。ただ、字面通りとらえるとおもしろくありません。一応、1番では男性、2番では女性を表現しています…というのがよくある解説です。その上で歌詞を読むと、グッと深く感じられます。

ただ男女など関係なく、単純に、”見おろして” とか “下にきく” とか、人間的動作の表現が擬人化の表現です。1番では、その擬人化でもって、富士山が非常に高い山であることを描いています。

2番では “きものきて” とか “すそをとほくひく” とか、あたかも人間のような様子を表現しています。1番が勇ましい富士山を描いていたのに対して、2番では美しい富士山を描いています。

国語の教材としても、擬人化を学ぶにもってこいな詩であると思います。

何をもって日本一なのか

この歌では “ふじは日本一の山” と歌い締めますが、では、何をもって日本一なのでしょうか。

素直な読解では、単純に、日本一背が高いこと、日本一美しいことなのだと思います。ただ、少し深く読むと、男子は背の高い大人になることに憧れてきたこと、女子は着物の似合う美しい大人に憧れてきたことも感じ取れます。

しかし私の感覚では、背が高いのが良いとも限らないし、見た目の美しさばかりを追求するのも、真の良さとは限らないように思います。歌詞の内容について、それはそれで日本一として見れば良いでしょう。ただ、歌とは関係なく日本一とは何か?と考える時には、もっと物事を色々な視点から見たいなあと思った次第です。

ふじの山?富士の山?ふじ山?富士山?

唱歌「ふじの山」は、曲名が一通りではなく、「富士の山」や「富士山」と書かれているケースもあります。いったいどれが正解なのでしょうか。

初出は「ふじの山」

1910(明治43)年の『尋常小學讀本唱歌』に歌として初出したときは、「ふじの山」でした。つまり、〈ふじ〉を平仮名で書くのが歌としてのオリジナルの曲名と見て良いと思います。

したがって、「ふじの山」という表記は正しいです。

その後「富士山」に

初出年の翌年である1911(明治44)年の『尋常小學唱歌』第二学年用では、曲名が「富士山」となりました。1932(昭和7)年の『新訂尋常小學唱歌』第二学年用でも「富士山」です。藤原道長のように “の” を入れて “ふじのやま” と読むと思われますが、 “ふじさん” の可能性もあります。

したがって、「富士山」という表記も正しいです。

「ふじ山」も公式

1948(昭和23)年の『しょうがくおんがく 2年生』(全音楽譜出版社) では、「ふじ山」として登場しています。漢字の未習得に合わせて〈ふじ〉と平仮名になっています。読みは “ふじさん” と思われますが、なぜか “ふじやま” と読みたくなるのは、私だけでしょうか。

出版社は民間ですが文部省検定済みなので、「ふじ山」も公式的な曲名として正しいでしょう。ただ、初出に合わせて「ふじの山」にすれば良かったのになあ…と思ってしまいます。

「富士の山」は非公式か

では「富士の山」はどうでしょうか。

調べたところ、「富士の山」はどうやら公式表記ではなさそうです。別の歌としてなら「富士の山」は存在していますが、今回の歌としては、非公式でなものでしか「富士の山」という表記を見つけられませんでした。

ただ、非公式とはいえ、楽譜によってはそのような表記になっているケースもあるでしょうし、単なる一般的な単語としても〈富士の山〉と書くことはあります。曲名としてはやや違和感がありますが、普通に存在する言葉ではあります。

ちなみに・・・

歌とは関係ないのですが、富士山のことを〈不死の山〉と 聞いた/見た ことはないでしょうか?

一説では、『竹取物語』で、かぐや姫に月に帰られてしまって悲しみに暮れる帝が、彼女からもらった不老不死の薬を富士山の山頂で焼いたことに由来しているようです。といいますか、〈不死山〉という呼び方が先にあって、それが転じて〈富士山〉になったようです。

作曲者は誰?

結論、分かりません。

初出の『尋常小學讀本唱歌』の主な作曲メンバーには、

  • 上真行
  • 小山作之助
  • 島崎赤太郎
  • 楠美恩三郎
  • 岡野貞一
  • 南能衛

がいました。なんとなく伴奏の和声感からして岡野貞一くささがありますが、それは私がそう思いたいだけにすぎません。

歌い方のポイント

「ふじの山」を歌うにあたっての細かいポイントはレッスンでお伝えすることとなるため、ここではおおまかにお伝えしてみます。

まず、全体的に大きなフレーズ感で歌うことです。富士山という偉大なものを歌うわけですから、最終的にはあまり細かいこと(音程だとかブレスだとか)を気にせずに歌いたいものです。

また、これはひとつの提案ですが、1番は勇ましい戦士のようにまっすぐ歌い、2番ではその戦士を見守る女性のように凛として歌うのも良いと思います。とにかく、日本の未来を見ながら、意思を固く持ち、しかしながら大きな心で歌いたいものです。

そして最も難しいのは、最後のクライマックスである “ふじは日本一の山” のフレーズ。特に頭の “ふ” がミソです。この歌い方についてのみ、以下、細かく説明してみましょう。

日本語の〈ふ〉をローマ字で書くと fu になりますが、厳密には、子音は f ではなく、無声両唇摩擦音(むせいりょうしんまさつおん)というものです。発音記号では  ɸ と書きます。口をややすぼめて勢い良く息を通すのですが、摩擦音と書いてあるとおり、やや f っぽさがあります。ちなみに、f は無声唇歯摩擦音(むせいしんしまさつおん)といいますので、無声両唇摩擦音ぇある ɸ と近しい音といえます。[唇と歯]なのか[唇と唇]なのかの違いですね。

その摩擦音でもってしっかり息を通し、そのままの口の形で u を発音すると、〈ふ〉がうまく響きやすくなります。

言葉の発音では、母音だけに注目するよりも、子音から攻めることでうまくいくケースも少なくありません。行き詰まった方は、一度見方を変えて発声に取り組んでみてくださいね。

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