雪(中村秋香、瀧廉太郎)一夜のほどに野も山も…

歌曲

お待ちしておりました!

前々回は “雪やこんこ” で始まる文部省唱歌「雪」。前回は “雪やこんこん” で始まる瀧廉太郎作曲「雪やこんこん」、そして今回は “一夜のほどに” で始まる瀧廉太郎作曲「雪」。…や、ややこしいですね。。

今回の「雪」は瀧廉太郎の作曲で、きっと知っている人はそんなに多くないと思います。こんな歌です。

この歌曲は、ピアノとオルガンが伴奏を担い、歌はソプラノ、アルト、テノール、バスの4パートに分かれます。

では早速掘り下げていきたいと思います。

“春のうららの隅田川” の仲間!

歌曲「雪」はさほど有名ではないようですが、実はかなり有名なあの歌曲の仲間なのです。あの歌曲とは、見出しにも書いた、”春のうららの隅田川” で始まる歌曲のことです。

組歌『四季』

“春のうららの隅田川” で始まる歌曲は「花」で、これは組歌『四季』の中の一曲です。

組歌『四季』は1900(明治33)年に刊行された歌曲集であり、全4曲が収められています。組曲『四季』や歌曲集『四季』と呼ぶこともあります。

第4曲の冬の歌こそ「雪」

四季と名付けられているからには、その4曲はもちろん各季節の歌です。

有名な「花」は第1曲にあたり、春を担当しています。 歌は2パートで、伴奏はピアノです。

今回の歌曲「雪」は、組歌『四季』の第4曲にあたり、冬を担当しています。先述のとおり、歌は4パートで、伴奏はピアノとオルガンです。

残る2曲は、夏担当が「納涼」で、独唱とピアノ伴奏。秋担当は「月」で、4パートのア・カペラ作品です(山田耕筰編曲版では「秋の月」と改題され、独唱とピアノ伴奏となっています)

したがって、今回の「雪」は「花」と仲間なのです。ただ、「花」は有名で、「月」も「秋の月」としてそこそこ知られていますが、なぜか「納涼」と「雪」はあまり知られていない印象です。

あっ、モーツァルト!?

今回の「雪」の出だしを初めて弾いてみたとき、「あっ、これはW.A.モーツァルトのあれじゃん!」と思いました。

その “あれ” とは「Ave Verum Corpus(アヴェ・ヴェルム・コルプス)」のことです。クラシック音楽が好きな人なら、知っている可能性が高いと思います。

「アヴェ・ヴェルム・コルプス」とは?

「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は、W.A.モーツァルトが1791年に作曲した、4パート(混声四部合唱)のカトリック賛美歌です。一般的に、弦楽と共に歌われ、通奏低音をオルガンが担います。

マリアの子イエスを讃えており、日本でもクリスマスの頃にBGMで流れていることがありますね。

こんな曲です。

出だしが「雪」の出だしと似ていると思いませんか?

両曲の共通点

では共通点を見ていきましょう。

まずは前奏。「雪」も「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も2小節分しかなく、音の流れもそっくり。最初の音からひとつ下がり、そして上がり、また下がり、再びグッと上がって歌に入ります。

また、後ほど歌詞を掲載しますが、「雪」には神(Kami か God かは不明)が出てくるので宗教色があります。伴奏にはオルガンが使われています。季節は冬です。

一方「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も宗教色のある歌です。通奏低音でオルガンが使われています。季節はとかなありませんが、強いて言えばクリスマスの冬です。

どらちもテンポはゆったりとしており、歌はソプラノ、アルト、テノール、バスの4パートです。

両曲の違い

共通点ばかり注目したらバイアスがかかってしまうので、違いについても注目しましょう。

まず全体的な調性が異なります。「雪」は変ホ長調(Es-dur)で、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はニ長調(D-dur)です。つまり半音分違います。

演奏時間も、「雪」は2分前後ですが、「アヴェ…」は3分を超えることが多いです。まあ、どちらも数分という短さですが、共通点とまではいえない差といえましょう。

あと当たり前すぎて見過ごしがちですが、「雪」はピアノが伴奏を担います(オルガンを除く)が、「アヴェ…」では弦楽です。さらに歌のほうにも違いがあり、「雪」では各パートそれぞれ単独になる箇所があります。

そして似ている前奏ですらも、「雪」では最初の音が2分音符であとは4分音符ですが、「アヴェ…」ではすべて4分音符です。ただ、前奏全体の音の方向性は同じなので、意外に気付きにくい違いといえます。

瀧廉太郎は意識したか?

さて、瀧廉太郎は、「アヴェ…」を意識して「雪」を書いたのでしょうか?

その答えは不明です。意識的か無意識的か偶然か分かりません。

しかし瀧は、「雪」を作曲した年に洗礼を受けてクリスチャンになっています。そもそも瀧はクラシック音楽の作曲家。宗教歌にも触れていた可能性が高かったことを忘れてはなりません。

異彩を放つ「雪」

組歌『四季』の中でも、「雪」は異彩を放っています。歌詞から見ていきましょう。

歌詞

一夜のほどに 野も山も
宮も藁家も おしなべて
白銀もてこそ 包まれにけれ
白珠もてこそ 飾られにけれ
まばゆき光や 麗しき景色や
あはれ神の仕業ぞ
神の仕業ぞ あやしき

【口語訳(訳:弥生歌月)】

一夜のあいだに 野も山も
神社も藁屋も すべて一様に
白銀でもって 包まれているなあ
白珠でもって 飾られているなあ
まばゆい光だ 美しい景色だ
ああ神の行いは
神の行いは 不可思議なものだ

 

「花」「納涼」「月」には、神という単語は出てこず、純粋に情景や心情を描いています。しかし「雪」で神が出てきて、『四季』を締めくくっています。

そこで私たちは気付かされます。『四季』で描かれていた自然は、すべて神の行いによるものだったということに…。

伴奏に突如オルガンが

先述したように、「雪」には、ピアノのみならずオルガンも伴奏に使われています。

オルガンというと、パイプオルガンやリードオルガン(足踏みオルガン)、そしてそれらを模したオルガンなどを指しますが、「雪」の楽譜にはどのオルガンのことか明記がなく、単にオルガンとなっています。

とにかくも、「花」「納涼」の伴奏はピアノのみで、「月」は無伴奏で、「雪」で突如ピアノにオルガンが加わります。もし4曲通して演奏することがあれば、はじめからオルガンを用意しておかなければなりませんね。

また、このオルガンこそが良い音響効果を与えています。ピアノは音が減衰しますが、オルガンは音が持続します。そのため音楽に厚みや幅広さが生まれます。しかもオルガンでは音色も調整できます。偉大なる神を表現するにはもってこいの楽器といえましょう。

文部省唱歌「雪」との関係

“雪やこんこ霰やこんこ” で始まる文部省唱歌「雪」は、作詞者も作曲者も不詳です。しかし、一部では瀧廉太郎作曲と誤記していることがあります。

なぜそうなったのでしょうか?

これは推測ですが、まず曲名が同じであることで混同している可能性がありますね。またなにより、瀧は「雪やこんこん」という唱歌も書いており、そちらと混同してしまっているのだと思います。

ですから文部省唱歌「雪」と今回の「雪」は、曲名が同じであるだけで無関係です。曲について調べる過程で、うわべだけをなぞって情報を得てしまうと、あらぬ認識をしてしまいます。調べるときは注意が必要ですね。

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