お待ちしておりました!
前回は唱歌「あふげば尊し」を取り扱いましたが、今回はそれとセットで歌われることが多かった唱歌「螢の光」について見ていこうと思います。
早々ですが、私が全4番歌ったものを掲載しますので、一度お聴きになってみてください。
よく知られているのは1番。歌うにしても2番まで。しかし実はこのように4番まであるのです。なかなかにきな臭い歌詞だと思いませんか?
というわけで、今回は「螢の光」を掘り下げていきましょう。
英語歌詞から酒のにおい!?
「螢の光」は元々、スコットランド民謡「Auld Lang Syne」です。古い歌であり、作曲年も作曲者も不詳(G.トムソンとの説あり)。作詞者も不詳ですが、18世紀にR.バーンズが改作して現在歌われるものになったようです。
ではまず、歌詞とその訳から書いていこうと思います。
英語歌詞と日本語訳
スコットランドの英語で書かれていますので、標準的な現代英語も括弧内に斜体で併記します。
Should auld acquaintance be forgot,
(Should old acquaintance be forgotten,)
and never brought to mind?
(and never brought to mind?)
Should auld acquaintance be forgot,
(Should old acquaintance be forgotten,)
and auld lang syne?
(and old long since?)★
For auld lang syne, my jo,
(For old long since, my dear,)
for auld lang syne,
(for old long since,)
we’ll tak’ a cup o’ kindness yet,
(we’ll take a cup of kindness yet,)
for auld lang syne.
(for old long since.)And surely ye’ll be your pint-stoup!
(And surely you’ll have your pint stoup!)
and surely I’ll be mine!
(and surely I’ll have mine!)
And we’ll tak’ a cup o’ kindness yet,
(And we’ll take a cup of kindness yet,)
for auld lang syne.
(for old long since.)★繰り返し
We twa hae run about the braes,
(We two have run about the hills,)
and pou’d the gowans fine;
(and pulled the daisies fine;)
But we’ve wander’d mony a weary fit,
(But we’ve wandered many a weary foot,)
sin’ auld lang syne.
(since old long since.)★繰り返し
We twa hae paidl’d in the burn,
(We two have paddled in the stream,)
frae morning sun till dine;
(from morning sun till dinner;)
But seas between us braid hae roar’d
(But seas between us broad have roared)
sin’ auld lang syne.
(since old long since.)★繰り返し
And there’s a hand, my trusty fiere!
(And there’s a hand, my trusty friend!)
and gie’s a hand o’ thine!
(and give me a hand of yours!)
And we’ll tak’ a right gude-willie waught,
(And we’ll take a right goodwill draught,)
for auld lang syne.
(for old long since.)★繰り返し
【日本語訳(訳:弥生歌月)】
昔ながらの友のことは忘れ、
思い出すこともなくなってしまうものなのか。
昔ながらの友のことは忘れ、
懐かしい昔のことも忘れてしまうものなのか。
★
懐かしい昔のため、わが友よ、
懐かしい昔のため、
もう一度親愛の杯を交わそう、
懐かしい昔を思って。
そこで君はジョッキを手にする!
僕もそう!
そしてもう一度親愛の杯を交わそう、
懐かしい昔を思って。
★繰り返し
ふたりで丘を駆けまわり、
きれいなヒナギクを摘んだよな。
なのに、くたびれるほどたくさん歩き回ったもんだ。
そのまた昔からいつもな。
★繰り返し
僕たちはふたりで小川で舟を漕いだもんだ。
日が昇ってから晩御飯のときまで。
僕たちの間にある大きな海の隔たりは轟いた。
昔から長い間ずっと。
★繰り返し
ここに手というものがある、信頼の友よ!
そして僕は君の手をとる!
真の友好の一杯を交わそう。
懐かしい昔を思って。
★繰り返し
昔を語り、旧友と乾杯!
こう見てみますと、〈今〉は旧友と酒を飲もうとするシーンですね。〈昔〉を語りつつ、あんなことあったなあ、こんなことあったなあと、懐かしみながら飲むわけです。
そんな友達、あなたにはいますか?私には、定期的に会う昔の友人がひとりしかいません。とはいっても中学時代の友人です。小学時代の友人とは全然会っていません。昔を語れる相手が全然おらず、ひとりで思い出に耽ったりします。寂しいものです。
日本語歌詞ではきな臭さ
英語歌詞は純粋に友情や懐古を歌っていましたが、全4番まである日本語の歌詞は違います。卒業式でそれとなくいい感じに歌われ、年末の紅白歌合戦のエンディングでは一年の終わりらしさを醸し出していますが、実はそんな単純なものではありません。
日本語の歌詞は、1882(明治15)年に、文部省の『小学唱歌集』初編に、国学者の稲垣千頴 (いながきちかい) の作詞で「螢」として掲載されました。
日本語歌詞と口語訳
ほたるのひかり。まどのゆき。
書よむつき日。かさねつゝ。
いつしか年も。すぎのとを。
あけてぞけさは。わかれゆく。とまるもゆくも。かぎりとて。
かたみにおもふ ちよろづの
こころのはしを。ひとことに。
さきくとばかり。うたふなり。つくしのきはみ。みちのおく。
うみやまとほく。へだつとも。
そのまごころは。へだてなく。
ひとつにつくせ。くにのため。千島のおくも。おきなはも。
やしまのうちの。まもりなり。
いたらんくにに。いさをしく。
つとめよわがせ。つつがなく。
【口語訳(意訳:弥生歌月)】
蛍の光、そして窓から差し込む雪光り。これらの光を当てて書物を読む月日を重ねては、いつのまにか年月が過ぎてしまいました。杉の木の戸をいざ開けて、世が明けた今日の朝、私たちは別れゆくのです。
ここに残る人も出て行く人も、今日が最後だとお互い思っていることと思います。心から限りなくわき出る思いの端を、一言、どうかお幸せにと歌うほか、口にすることは何もありません。
九州の果てや東北の奥地のように、海や山で隔たれ、遠く離ればなれになっても、私たちの抱く真心を分かつことなく、ここにひとつにするのです。この国のため。
最北端の千島列島であれ、最南端の沖縄であれ、この日本を守る、日本の地です。これから向かうことになる国でも、勇敢にお勤めください、あなた方。どうぞご無事で。
戦争色ゆえ、消えた3番と4番
訳文をご覧になってのとおり、3番と4番の歌詞は当時の世相を色濃く反映しています。2番あたりまでは、卒業の日に学校での別れを惜しむ歌かといった印象ですが、その後を歌うことで、実は戦争のための送り出しのシーンであったことが分かります。
当時は富国強兵の時代で、戦争に対する考え方が今とは異なっていました。明治初期には内戦(戊辰戦争や西南戦争)もありましたし、この時期、日本は朝鮮半島をめぐって清国と緊張状態にあり、軍事力を高めていった時代でもあります。1894(明治27)年にはついに日清戦争が、その10年後には日露戦争が勃発しました。
そして3番と4番が歌われなくなったのはその後のこと。というか戦後。つまり1945(昭和20)年を境に戦争忌避のムードとなり、戦争色が薄い2番までしか歌われなくなっていきました。今や3番と4番の存在すら知らない人がほとんどでしょう。音大の声楽専攻出身者でも知らなかったりします。
気になる発音のあれこれ
「螢の光」を歌ううえで、私なりに気になるところを挙げていこうと思います。
“螢の光” “ほたるのひかり” の発音
まずタイトルにもなっている冒頭の単語ですが、これ、何と発音しますか?
テレビでは、アナウンサーが、”ほたるのひかり” と、ピンク文字を高くして読むことが多々あるように思います。
しかしおかしいと思いませんか?方言ならばいざ知らず、標準的な発音では “ほたるのひかり” というアクセント(イントネーション)になるはずです。
なぜ間違った発音になっているか考えてみましたが、おそらく歌い出しのメロディーの高低によるものと思われます。日本語の抑揚とメロディーの抑揚が一致していないことに起因し、どうしても印象が強くなる音の高低のほうにつられて発音してしまっているのでしょう。
掛詞と係り結び
掛詞 (かけことば) をご存じですか?ひとつの言葉に複数の意味を持たせたものです。この歌では、”すぎのとを” と “あけてぞ” が掛詞になっています。
- すぎのとを:年が過ぎたことと杉の戸のこと
- あけてぞ:夜が明けたことと戸を開けること
このような感じです。和歌などでもよく見られる修辞法ですね。こういう言葉をパッと思いつく人は凄いなあと思います。
また、「螢の光」には係り結びもあります。係り結びとは、係助詞があると、語尾に結ばれる動詞が、終止形ではなく連体形になるというものです。「螢の光」の場合、”あけてぞけさは わかれゆく” に係り結びがあります。〈ぞ〉が係助詞であり、〈ゆく〉が連体形になっています(四段活用の動詞なので終止形と同じ形ですが)。
まあ、”あけてぞけさは わかれゆく” でも “あけてけさは わかれゆく” でも、大きくは意味は変わりません。が、”ぞ” が入ると意味が強調されます。
ちなみに、係り結びは「あふげば尊し」にも見られます。
“うたふなり” の発音
結論から言うと、”うたふなり” の発音はウトーナリです。現代語だとウタウナリですが、古語の発音にもとづくと、〈あふ〉〈あう〉はオーとなりますから、それと同じです。
楽譜によっては、現代仮名遣いで “うとうなり” とふってあり、そのまま発音して歌えます。しかし実は私、昔、”うと+うなり” と捉えてしまい、ウトーナリではなくウト ウナリ と発音してしまったことがあります。突然間違いです。
“いたらん” は否定ではない
“いたらんくに” の “いたらん” は、至らないという意味ではありません。そう捉えてしまったら、”推ししか勝たん” の “ん” と同じになってしまいます。つまり否定の助動詞ということになってしまいます。
じゃあ本当は何かと言ったら、推量の助動詞〈ん〉です。ほかにも意志・勧誘・仮定・婉曲・適当の意味がありますが、今回は推量か適当でとればよろしかろうと思います。なので、訳すならば “至るであろう国” とか “至ることになる国” となりますが、わざわざ訳さなくても良い場合もあります。
否定ではないと言いましたが、寛容に見れば、否定としてとれないこともないでしょう。”いまだ至っていない国” といった事実が背景にあるからです。
“わがせ” とは何?
最後に出てくる “わがせ” は、女性が、夫や恋人、兄弟などの親しい男性を呼ぶときのことばです。感じにすると、”我が背” や “我が兄” となります。
私は、女性が男性に向かって言う “あなた方” と訳してみました。
卒業ソングとしての「螢の光」
さて、「螢の光」は卒業ソングとして認知されていますが、なぜ卒業ソングとして歌われるようになったのでしょうか。
といいますか、実は初出の頃から卒業ソングとして歌われたのですよね。初出年には、作詞者の稲垣千頴が勤めていた東京師範学校の卒業式で歌われたそうです。そもそもそのために作ったとまでいわれています。
そうなると、全4番の歌詞は、やはり学校を舞台にしたものと見ることが可能です。1番は卒業生、2番は在校生、3番は皆で歌い、4番だけ女子から男子へ歌うのが、内容的に自然かもしれません。ただ個人的に、4番は、恋心を寄せる男子への想いを女子がソロで歌うのも、切ないドラマが感じられてよろしいかと思います。
現代まで卒業ソングとして歌い継がれていますが、解釈は多様であって良いでしょう。なにも卒業シーンに限る必要はありません。年末の『NHK紅白歌合戦』のエンディングでも歌われていますしね。
閉店BGM「別れのワルツ」
「螢の光」の活躍の場は、スーパーなどの閉店時にもあります。とにかくこの音楽が流れてきて慌てて商品を取ってきて会計もテキトーに済ませた(というか済まされた?)という経験は多くの人にあると思います。
では、なぜ閉店BGMとして一般的になったのか。
一説には、1940(昭和25)年のアメリカのMGM映画『Waterloo Bridge』(邦題:『哀愁』)の中で、「Auld Lang Syne」の3拍子編曲版「Farewell Waltz」(別れのワルツ)がレストラン閉店シーンで用いられたことに由来するようです。日本では、アメリカ公開から約9年後に公開されました。
ちなみに、「栄冠は君に輝く」や「長崎の鐘」などを作曲した古関裕而が、上記のワルツを採譜・編曲して「別れのワルツ」と名付け、日本でヒットしたそうです。
したがって、閉店時のあの音楽は、もし3拍子なら「別れのワルツ」であり、「螢の光」ではないことになります。
軍歌「訣別」
「螢の光」と同じメロディーを持つ軍歌に、有栖川宮威仁親王作詞の「訣別」というものがあります。1879(明治12)年頃に歌詞がついたようです。「螢の光」より古いことになります。
『軍歌唱歌名曲選』で、堀内敬三氏は次のように解説にしています。
此の歌詞は元帥海軍大將有栖川宮威仁親王(大正2年7月10日薨)の御歌と傅へられ、古い頃から我が海軍で歌はれてゐた。
曲はスコツトランドの古民謠に同國の詩聖バーンスが1790年頃作詞した「オールド、ラング、ザイン」Auld Lang Syne(久しき昔の日)の譜を其のまゝ用ひてある。
同書にある歌詞は下記のとおりです。国家主義が色濃く反映されています。
今度われわれ國のため
遠く隔てて行くとても
大御心に叶ひなば
など惜しからん我命
せめて盡くせよ大君に
せめて盡くせよ大君に
なお、1910(明治43)年の『新定学校軍歌集』では「袂別の歌」として歌詞が掲載されています。
讃美歌「めさめよ、わが霊」
「螢の光」と同じメロディーを持つ讃美歌も存在します。その名は「めさめよ、わが霊 (たま) 」。1954年版『讃美歌』の中では370番にあたります。22番も「めさめよわがたま」ですが、それは別の歌です。
370番の「めさめよ、わが霊」はこんな歌です。動画があったので掲載します。
初めて聴いた方はびっくりされたと思います。でも日本の唱歌には、讃美歌と同一メロディーを持つものがけっこうあります。
ちなみに、「めさめよ、わが霊」は、英語では「Awake My Soul」というタイトルです。
合唱曲「空より高く」
実は、「螢の光」のメロディーを前奏とサビに取り入れた合唱曲もあります。「空より高く」という曲で、卒業の送り出しにピッタリな歌です(もちろんシーンはそれに限りません)。
何はともあれ、私がひとりで二部合唱したものをお聴きいただこうと思います。
唐突に「螢の光」のメロディーが出てくるので、これもまた知らない人はびっくりしてしまいますね。
「螢の光」と一口に言っても、以上のようにいろいろな形で存在します。探せばほかにもあると思いますので、興味がある方は調べてみると良いかもしれません。ここまで派生するなんて、原曲の作曲者も天国で微笑んでいることでしょう。


コメント