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今の季節は、カラスの子づくり・子育てが盛んです。Xを見ていたら、カラスの子どもを見つけて写真を撮っていたら親鳥に怒られたというポストを見かけ、あぁもうそんな季節かと感じました。
そんな今日この頃は “カラス〜なぜなくの〜” と歌いたくなります。「七つの子」という童謡です。歌い出しは有名ですが、曲名自体はあまり知られていないのですよね。
ではまず、私が歌ったものを掲載します。編曲版と原曲の2つ、是非聴き比べてみてください。
【山田香編曲版】
【原曲】
編曲版は情緒豊かで良い。一方原曲は、素朴で、かつ音楽に余白があり、そこがまた良い作品だと思います。
今回はこの「七つの子」について掘り下げていきたいと思います。
歌詞と解釈
まずは「七つの子」の歌詞を掲載し、私なりに解釈を進めていこうと思います。ちょっと世間に対して文句を言いたいこともあるので、あわせてお伝えしていきます。
歌詞
烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛七つの
子があるからよ可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛 可愛と
啼くんだよ山の古巣へ
いつて見て御覧
丸い目をした
いゝ子だよ
この歌詞は、1921(大正10)年の雑誌『金の船』7月号で発表されたものですが、そちらの詩では “山の古巣へ” が “山の古巣に” となっています。しかし同雑誌に掲載のメロディー譜では “山の古巣へ” となっています。作曲者の本居長世が改変したのでしょうか。
秋の歌?夏の歌?春の歌?
あなたは、この歌の季節は何だと思いますか?
「七つの子」は、なぜか秋の歌としてカテゴライズされているケースが多々あります。実際にリサーチすると、秋の歌を集めた童謡集のようなものを見かけます。それに、世間の多くの人も、秋の歌として捉えているのではないでしょうか。
しかし、本当に秋の歌でしょうか?
歌詞を読むに、秋の描写はどこにもありません。
え?カラスだから秋だって?・・・いや、カラスは、それ単体では季語にはなりません。むしろ、今回の歌の場合はカラスの子が出てきますが、これは夏の季語となりえます。現実的にも、カラスの繁殖期や子育て期はまさに春から夏にかけてです。
別の視点だと、「七つの子」で描かれているカラスの子は、純粋にカラスの子を歌っているというよりも、何かを暗示しているという可能性が高いです。極論すれば季節なんて関係ないのです。が、それを言うと身も蓋もありません。
したがって、言うなれば夏(初夏)の歌でしょう。春の歌でもおかしくはない。秋の歌や冬の歌として見ることもできるが、それは暗示されていることのみに焦点を当てた場合に限ります。何かを暗示しているにせよ、表面的には情景が描かれているわけです。秋の歌や冬の歌と見るのは、ちょっとしっくりきません。
私自身は、初夏の歌として結論づけます。
ただ、2番の “古巣” というのが引っかかりますね。なぜ古巣、つまりなぜ元住んでいた場所と書いているのか。となると〈今〉は一体いつなのか。・・・こここそ、純粋にカラスの情景を描いているわけではないとわかるポイントかもしれませんね。しかもここ、野口雨情の原詩では “古巣に” となっていたのが、歌では “古巣へ” となった箇所でもあります。
いったい何を暗示しているのか
「七つの子」を単なるカラスの歌として捉えるのも悪くはないです。歌の解釈は自由ですから。
でも少し踏み込んでみましょう。
そもそも “七つの子” とは何か?いうわけですが、これには昔から議論があります。答えはハッキリとはしていませんが、どうやら、カラスの子の数ではないという説は濃厚です。というのも、カラスは一気に7羽も産み育てることはないというのが理由です。
また、七つというのは、あくまで語呂の良さにすぎないといった見方もあります。七つにはたくさんといった曖昧な意味があり、今回の歌でも、ざっくりたくさんの子ガラスとして見る考え方もあるのです。
さらにまた、7歳という説もあります。野口雨情の長男を指しているとか、帯解きの儀の女の子を指しているとかといった説です。どちらも野口のご子孫がおっしゃっています。野口雨情が7歳で母と生き別れたという悲しいエピソードの説もありますが、こちらは論拠を見つけられませんでした。
…と色々書きましたが、野口自身は、7つという点について、”幼い意味を含ませた” “三歳としても五歳としてもよろしい” “言葉の音楽から七歳とした方が芸術味を豊かにもたせることが出来る” ということを「子守唄」という詩の解説で触れており、これは「七つの子」でも言えるのかもしれません。しかも “七つといえば、必ず七歳と思うのは、芸術に理解なき考え” と厳しい言葉も残しています。
となりますと、「七つの子」は、幼い子どもの姿と実際のカラスの鳴き声や子育てとを重ね合わせつつ、子どもへの何らかの想いを託した作品ということができるかもしれません。その答えをバンッと定めたいところですが、芸術においてそれは野暮なのかなと思ったりもします。
原曲を歌うときのポイントや思うこと
「七つの子」の原曲を冒頭でご紹介しましたが、きっと、テンポが速いとか、つまらないとか、そう思った方は少なからずいらっしゃると思います。また、”おや?ここの日本語、変ではないか?” と思った人もいらっしゃるかもしれません。
以下にてそれらに触れつつ、私なりにポイントや思うことをお伝えします。
原曲テンポは速くていい
速いと感じても、それは作曲者が決めたことなので、演奏者はそれに従うことが基本です。演奏者は、表現者であると共に、作曲者の代弁者としての面も担っています。
編曲が施された、ゆったり歌う「七つの子」ももちろんあります。それは編曲者の色にリメイクすることなので、それはそれで問題ありません。
ただ、原曲を歌うとした以上は、勝手にゆったり歌うのは頂けません(練習を除く)。”だってテンポが速すぎるもん” ……その気持ちは分かりますが、それは歌い手の感じ方、悪く言えば偏見にすぎません。なぜこのテンポなのか?ということを考えた上で、大きく逸脱しないように努める必要がある。私はそういうスタンスです。
“かわい” or “かわいい”
“可愛七つの 子があるからよ”
という部分、多くの人は、
かーわいーいーなーなーつーのー …
というように歌っていると思いますが、私は、
かーァわーいーなーなーつーのー…
と歌っています。つまり、”かわいい(可愛い)” ではなく “かわい(可愛)” として歌っています。原曲の譜面でも、そういった当て方になっています。
ただ、”かわいい” と当てる歌い方も、作者が生きていた時代から登場しています。そういう楽譜もすでにあったようです。にもかかわらず作者の2人による反論はなかったようなので、黙認していた可能性があります。
アの母音はカラスの鳴き声
しかし、この「七つの子」は、アの母音を大切にしている歌です。再度歌詞をローマ字にて掲載します。
Karasu nazenakuno
Karasuwayamani
Kawainanatsuno
KogaarukarayoKawai kawaito
Karasuwanakuno
Kawai kawaito
NakundayoYamanofurusue
Ittemitegoran
Maruimewoshita
iikodayo
特に2かたまり目までは、a が多く登場しています。野口が7(nana)ということばを使ったのも、きっと語呂の良さを求めたのもあります(意識したか否かは分かりませんが)。そして本居が “かーァわーいー” というようにアの母音の時間を多くしたのも、きっと彼なりの美学です。
カラスの鳴き声はカァカァなどですが、これはアの母音。カラスの鳴き声を表現するとなれば、アの母音を多用するのは自然で、さらに “かーァわーいー” はもはやカラスの鳴き声そのものとすら言えます。これが “かーわいーいー” だと、カラスの鳴き声感が薄まってしまうと私は思います。
ただ、編曲によって “かーわいーいー” としている場合には、それは編曲者なりの意図かもしれませんから、”かーァわーいー” へのこだわりは一旦捨てるようにしています。
“カラスの勝手でしょ” を本当の歌詞だと思う人
“烏なぜ啼くの” の歌い出しはかなり有名ですが、「七つの子」というタイトルであることや、歌の続きが “烏は山に 可愛七つの子があるからよ” であることを知らない人もまあまあいらっしゃるようです。
ある人は、タイトルを「カラス」だと思っていました。またある人は、歌の続きを “カラスの勝手でしょ” と本気で思っていました。私は少し残念に思うと共に、音楽教育の敗北をも感じました。
「カラス」というタイトルと思うのは無理もありませんが、”カラスの勝手でしょ” はかなりショッキングです。その歌詞は、昭和時代にテレビ番組『8時だョ!全員集合』で志村けんがパロディーとして口ずさんだものです。
まあ、たしかに現代風に言えば、カラスが鳴くのはカラスの勝手。私の知ったこっちゃありません!だからそのパロディーはウケたのでしょう。でもそれは、元の歌詞が優しくてあたたかいものだからこそ成し得たジョークではないでしょうか。
カラスって本当はかわいいよ!
最後によもやま話でも。
カラスについて、都会に住む人と田舎に住む人とではイメージが異なる傾向にあるような気がしています。
私の経験上、都会に住む人はカラスを毛嫌いしている傾向にあります。ゴミをあさるとか、攻撃してくるとか、道を退かないとか、はたまた黒くて不吉だといったイメージすらあるようです(もちろん全員ではないですが)。一方、田舎に住む人はそこまで悪いイメージを持っていないように思います。
私にとっては、カラスはかわいい鳥です。愛嬌のある顔だと思います。黒いのもイイ。何か考えているのか、首をカクカク傾けながらあちこちを探っている様子もかわいいですね。
それに、私にとってのカラスは、まさに「七つの子」に出てくるやさしいイメージです。ゴミをあさることもありますが、その悪いイメージはあまり強くないです。ただ、ツバメのヒナたちを狙うのはけしからんですが!まあ自然の摂理ですね。


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