大きな古時計(H.C.ワーク、保富庚午)

唱歌・童謡

お待ちしておりました!

“大きなのっぽの古時計” で始まる、ちょっと怖い童謡についてお話ししてみましょう。

以前YouTubeで「大きな古時計」を歌ってほしいとのリクエストがあったので、このように歌ってみました。

この歌、私が小さい頃にテレビ等でも歌われていましたが、子どもながらに恐怖を感じたのですね。なんというか、オバケが怖いとかそういうのではなく、時計の呪縛から逃れられないような感覚でしょうか。とにかく不安も感じました。

というわけで深掘りしていきましょう。

歌詞に見る奇跡のお話

「大きな古時計」の歌詞は、元々は英語です。1876年、アメリカでリリースされて大ヒットし、楽譜が100万部以上も売れたほどです。今現在知られている日本語の歌詞は、作詞家の保富庚午(ほとみこうご)が、その英語の歌詞を元に作ったものになっています。

では、英語の歌詞は一体どのようなものだったのでしょうか。

原詞(英語歌詞)

My grandfather’s clock was too large for the shelf,
So it stood ninety years on the floor;
It was taller by half than the old man himself,
Though it weighed not a pennyweight more.
It was bought on the morn of the day that he was born,
And was always his treasure and pride.
But it stopped short never to go again,
When the old man died.
 
★Ninety years without slumbering,
Tick, tock, tick, tock,
His life seconds numbering,
Tick, tock, tick, tock,
It stopped short never to go again,
When the old man died.
 
In watching its pendulum swing to and fro,
Many hours had he spent while a boy;
And in childhood and manhood the clock seemed to know,
And to share both his grief and his joy.
For it struck twenty-four when he entered at the door,
With a blooming and beautiful bride.
But it stopped short never to go again,
When the old man died.
 
(★の繰り返し)
 
My grandfather said that of those he could hire,
Not a servant so faithful he found;
For it wasted no time, and had but one desire,
At the close of each week to be wound.
And it kept in its place, not a frown upon its face,
And its hand never hung by its side.
But it stopped short, never to go again,
When the old man died.
 
(★の繰り返し)
 
It rang an alarm in the dead of the night,
An alarm that for years had been dumb;
And we knew that his spirit was pluming his flight,
That his hour of departure had come.
Still the clock kept the time with a soft and muffled chime,
As we silently stood by his side.
But it stopped short never to go again,
When the old man died.
 
(★の繰り返し)
 

日本語訳(口語訳:弥生歌月)

私の祖父の時計は、棚に入らないくらいで大きかった。
だから90年間も床に置きっぱなしだった。
背は祖父の1.5倍高かったな。
まあ重さはというと1ペニーほどしか違わなかったけどね。
時計は祖父が生まれた朝に買ってきた物で、ずっと祖父の宝で誇りだった。
でも、突然止まり、二度と動かなくなったんだ。
祖父が死んじゃった途端にね。
★90年間眠ることなく、
チック タック チック タック。
彼の時を刻み続けて、
チック タック チック タック。
だが、突然止まると、二度と動くことはなかった。
それはおじいさんが亡くなった瞬間のことだった。
振り子が左右に揺れるのを見ては、
祖父は少年時代の多くの時間を過ごした。
時計は、祖父の子供の頃とか、大人になった時のことも知ってたようだし、
悲しみも喜びも分かち合ってきたことだろうよ。
祖父が扉から入ってきたときは、時計も24歳だったね。
華やかで美しい花嫁さんを連れてね。
そんな時計も、突然止まり、二度と動かなくなったんだ。
祖父が死んじゃった途端にね。
(★の繰り返し)
祖父は言ってた。これまで雇ってきた中で、ここまで忠実なものはいなかったと。
ひとつの望みを除き、時間を犠牲にすることもなかった。
週末になったらネジを巻いてくれという望みね。
そして時計はその場所を守り続けた。顔をしかめることもなかった。
また、手で嫌と言うことも決してなかった。なのに、突然止まり、二度と動かなくなったんだ。
祖父が死んじゃった途端にね。 
(★の繰り返し)
 
その真夜中、時計の鐘が鳴った。
何年も鳴ることのなかった鐘が。
私たちは知った。祖父の魂は飛び立とうとしているんだ、
出発のときが来たのだ、と。
それでも時計は、柔らかくこもった音で、時間を守っていた。
私たちがただじっと祖父のそばに立っていたときも。
だけど、突然止まり、二度と動かなくなってしまった。
祖父が死んじゃった途端にね。
 
(★の繰り返し)
 
 

原詞と訳詞の内容はだいたい同じ

上に原詞を訳したものを載せましたが、原詞そのものの翻訳となっています。それを保富さんが作られた訳詞(動画参照)と比較すると、内容はだいたい同じであることがお分かりいただけるかと思います。

90年と100年の違いがあったり、細かな描写が原詞にはあったりはしますが、保富さんの訳詞からも想像できないことのない情景です。ただ日本語は、音節(シラブル)の特質上、英語ほど細かく音に充当できません。訳詞ではどうしても原語よりも色々削ぎ落とされた形となります。致し方ないでしょう。

時計とおじいさんの奇跡中の奇跡

おじいさんが生まれた朝、時計は家にやって来ました。そして時計はひたすらに時を刻み、おじいさんが亡くなったと同時に動かなくなりました。

つまり、「大きな古時計」はその奇跡を描写しています。

この元ネタは、この歌の作曲者であり作詞者でもあったH.C.ワークが、イギリスでホテルに泊まったときの話です。動いていない大きな振り子時計がロビーにあり、その理由をスタッフに尋ねると、かつてホテルを経営していた兄弟の兄が亡くなった時、その時計が壊れて動かなくなったとのこと。針はちょうど兄の死亡時刻を指していました。

時計とおじいさんが同時刻に死ぬ確率

そんな奇跡的な話を聞くと、時計はまさかおじいさんの分身なのではないかとすら思いたくなりますよね。

そこで、おじいさんと時計が同時刻に死ぬ確率を算出してみました!というか、ChatGPTに説明してもらいました。

  • 1秒誤差に限る、厳密な同時刻=ケース1
  • 分針が同じまで許容する、ほぼ同時刻=ケース2

回答は以下の通りですが、難しいと感じる方は、枠内は すっ飛ばしてください!

【ケース1:ChatGPTの回答】
※体裁は私で修整

「おじいさんと時計が同時刻に止まる確率」を計算するには、いくつかの仮定が必要です。以下にその仮定を整理し、簡単なモデルを考えてみます。


仮定

  1. おじいさんの寿命

    • 平均寿命を仮に90歳とします(約3億1560万秒)。
    • 死亡する時刻が一様分布していると仮定します(どの瞬間に亡くなる確率も等しい)。
  2. 時計の寿命

    • 時計が「止まる時刻」が全く独立してランダムに訪れると仮定します。
    • 時計が動いている期間も90年(3億1560万秒)とします。
  3. 同時に止まる条件

    • 時計とおじいさんの「止まる瞬間」の時間差が、±1秒以内であれば「同時」とみなします。

計算

1. おじいさんが死ぬタイミング

おじいさんが90年間のどの瞬間に亡くなるかは一様分布でランダムです。これを仮に任意の1秒と考えます。

2. 時計が止まるタイミング

時計も同じくランダムに3億1560万秒の間で止まると仮定します。

3. 同時に止まる確率

  • 1秒間の窓(±1秒なので計算上2秒間)に時計が止まる確率は、時計が止まるタイミングが一様分布していると仮定すると次のように求められます:P(同時に止まる)=「1秒間の窓」/「全体の秒数」 
    ここで、P(同時に止まる)=2/3,156,000,000

4. 計算結果

P(同時に止まる)≈6.34×10^(−10)

これは非常に低い確率です!具体的には、約15億年に1回のようなレアな出来事ということになります。

 

【ケース2:ChatGPTの回答】

仮定

  1. おじいさんの寿命

    • 平均寿命を90年とします。
    • 秒単位ではなく分単位で考えるため、90年は 90×365×24×60=47,304,000 分です。
  2. 時計の寿命

    • 時計が動く期間も同じく47,304,000分とします。
    • 時計が「止まる分」が一様分布していると仮定します。
  3. 同時に止まる条件

    • 時計とおじいさんの「止まる分」が一致すれば「同時」とみなします。

計算

おじいさんが止まる1分間のどこかに時計が止まる確率は次のように求められます。

P(同時に止まる)=1分間/全体の分数

ここで、全体の分数は 4/7,304,000 分ですから、

P(同時に止まる)=147,304,000


計算結果

P(同時に止まる)≈2.11×10^(−8)

これは、1回あたり約4767万分の1 の確率となります。

この確率は、秒単位の場合(6.34 × 10⁻¹⁰)よりはるかに高いものの、依然として非常に低いです。具体的には、約2,270年に1回 のレアな出来事ということになります。

 

確率のまとめ

  • 1秒誤差に限る、厳密な同時刻 ⇒ 約15億年に1回の確率
  • 分針が同じまで許容する、ほぼ同時刻 ⇒ 約2,270年に1回の確率

とにかくレアです!!

確率は 1/720 である説

しかしWikipediaにはこうありました。

たまたま止まった時計の時刻が分針の単位で一致する確率は720分の1である

……え。さっきの計算と違うじゃん!

そこでChatGPTに訊いてみました。なぜ720分の1なのかを。

【ChatGPTの回答】

Wikipediaの「720分の1」という記述についてですが、これは特定の時刻の一致を分針(分単位)で考えた場合の簡略化されたモデルを指しているようです。以下に詳しく説明します。


1. 考え方の違い

  • 私の計算は、寿命全体の分数(例:47,304,000分)からランダムに一致する確率を計算しました。
  • Wikipediaの「720分の1」というのは、**時計の針が示す具体的な時刻(時針と分針の組み合わせ)**が一致する確率です。

具体的に説明すると:

  1. アナログ時計の場合

    • 時計は12時間で1周します。
    • 12時間 = 720分。
    • つまり、分針の位置が一致する可能性がある時刻は720通り。
  2. 一致確率

    • そのため、時計が「分針単位で一致する確率」 1/720とされるのです。

2. なぜこのように考えるのか?

このアプローチは、以下のような条件を仮定しています:

  • 寿命や期間を無視し、時計の指す「時刻」と人が亡くなる「時刻」が一致するかどうかだけに注目している。
  • 寿命の長さ(90年など)は考慮せず、「分針の一致」という単純な条件をモデル化。

3. 私の計算との違い

  • 私の計算:寿命の全期間を考え、その中で時計と人が一致するタイミングを探す。
  • Wikipediaの記述:12時間で1周するアナログ時計の「現在時刻」が一致する確率に特化。

したがって、「720分の1」という確率は、寿命全体ではなく特定の時刻で分針が一致する確率を指しているわけです。


結論

Wikipediaの「720分の1」という記述は、時計の分針位置とある時刻の一致に基づいた単純モデルの話です。一方、私が計算した確率は、全寿命(分単位)における一致のレアさを計算したものです。

どちらも間違いではなく、モデルの目的が異なっています。

……とのこと。うーむ、私は最初の考え方のほうがしっくりきますし、歌にする甲斐がありそうに思います。

子どもの頃、怖いと感じた原因

私が子どもの頃に「大きな古時計」を聴いて怖いと感じた原因を考えてみました。

亡くなっているのにあたたかい

曲調は優しく、美しいとさえ言えます。妙にあたたかい感じ。歌詞も奇跡を描いた美談のような感じですが、おじいさんは亡くなっているのですよ。それくらいのことは、子どもの頃でも “天国へ登るおじいさん 時計ともお別れ” から読み取れました。

亡くなるということは、物理的には、冷たく無機質な物質になるということ。なのに妙なあたたかさやぬくもりを感じて、もう私の感情はカオスですよね。安心して良いのか怖がるべきなのかよく分からない、不安にも似た感情を覚えました。

デカい時計

この歌に出てくる時計は、保富さんの訳詞からは漠然とした情報しか得られません。が、あるアニメーションで見た絵は、おじいさんの何倍も大きかったと記憶しています。イメージとしては、教会に鎮座するパイプオルガンみたいな貫禄。

そんなデカい時計が動かなくなってしまった。貫禄がありながらも、静かになった時計。このアンバランスさからも、歪な不安感を抱きました。

セピア色

そしてなぜだか、この歌からは、一部を除いて色を感じられませんでした。全体的にセピア色。そして天国へ登るところだけが辛うじてカラー。冒頭の動画のイメージのとおりです。

まず時計自体ブラウンのイメージだし、おじいさんもブラウンのイメージ。おじいさんがいる場所も、きっとシックな雰囲気。花嫁さんには色はあるだろうけど遠い過去の話。おじいさんの中では死ぬ時が最も新しく、一番色褪せていないから色がついている。……そんな感じです。

時計はおじいさんの分身!?

この歌を大人になってからよく聴いてみると、先ほどの奇跡のお話もあってか、時計にも命が宿っていると思わずにはいられません。

おじいさんが生まれた朝にやってきて、死亡と同時に止まった。こらはもう、おじいさんの分身といえるのではないでしょうか。

そもそも、時計は本当に時計だったのでしょうか。おじいさんそのものだったのかもしれません。

感情を抑えてたんたんと歌う

さて、「大きな古時計」を歌うときはどうしたら良いか。

まず、美談に仕上げようとか奇跡を歌おうとか、そういうことを思うと、声に余計な力がこもって白けてしまいます。たんたんと歌うに尽きる。それを聴いて何を思うかは聴き手に任せたほうが良さそうです。

私はあえて高いキーの楽譜を選び、高い音域でたんたんと歌ってみたつもりです。高いキーにすることで少し天国に近づく気がしたからです。また、人間っていうのは、感情が高ぶっているのに抑え込んでいるときも、声は高めになりがちですからね。

感情を押し殺しても、元々の旋律にほど良い抑揚があります。その抑揚に素直に身を委ねることで、音楽的表現は必要十分だと思いますね。

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