冬景色(作詞者・作曲者共に不詳)さ霧消ゆる…

唱歌・童謡

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12月。霜が降りる時期となり、風も冷たく感じられるようになりました。でも近頃は季節がバグっているので、昨日トンボを見かけちゃいました。元気に飛んでました、スーパーの入口で。

さて、今回は唱歌「冬景色」。まずは私が4年前に歌ったものをご紹介します。

4年前の声は少し若さを感じる……というのはまあいいとして、とても有名な唱歌ですね!1933(大正2)年の歌です。しかし、作詞者も作曲者も判明していません。

では早速、「冬景色」について掘り下げていきましょう。

さ霧の魔力

ちょっと細かな話をする前に、まずは歌詞を掲載します。

歌詞

さ霧消ゆる湊江の
舟に白し 朝の霜
ただ水鳥の聲はして
いまだ覺めず 岸の家
 
烏啼きて木に髙く
人は畑に麥を踏む
げに小春日ののどけしや
かへり咲の花も見ゆ 
 
嵐吹きて雲は落ち
時雨降りて日は暮れぬ
若し燈火の漏れ來ずば
それと分かじ 野邊の里

歌い出しの ” さ ” について

何気なく皆さん “さぎりきーゆる…”と歌い出しますが、ちょっとストップ!

“さ霧”って何でしょうか?

霧は分かります。もや〜っとしたあれです。秋の季語。無数の水滴が煙のようになって視界を遮る現象です。

しかし歌詞では “さ” が付いています。実はこれ、言葉としてはそこまで意味はありません。つまり “さ霧” は霧に等しい。歌では、その霧が消える(=秋ではない。つまり冬)と歌っています。

とはいえ、”さ” には存在意義があります。そう、語感を整えるためにつけたことばです。これにより七五調が保たれています。そのためにわざわざ付けられています。

いや〜、雪をも溶かすほどの熱意を感じませんか?私は感じます。作る際、相当苦労したところだと思います。もし私も作詞することがあったら、勝手に新しいことば作っちゃおうかなあ!

” さ ” だから歌いやすい

“さ” はローマ字にすると sa です。s は前歯と舌を使って出す音です(無声歯茎摩擦音)。空気がスーーッと通るため、非常に発音しやすい子音です。また、a は開いた音であり、これも発音しやすい。

したがって、 “さ” が歌い出しにくると、声楽的にとても都合がいいのです。気持ちいいって言ったほうがしっくりくるかもしれませんね。

多くの文部省唱歌は委員による合議制で作られましたが、「冬景色」も同様です。話し合いの中で、作詞と作曲のバランスの議論があったかは分かりません。が、もし、五七調の観点以外に歌いやすさをも意識して “さ” を付け加えたのであれば、そこに熱意を感じますし、とてもセンスが良いなあと思います。

本当の作詞者、作曲者は誰?

「冬景色」は、作詞者も作曲者も不詳となっています。でも、現代まで歌い継がれているこんな良い歌を、いったい誰が作ったのか気になりますよね。

故郷紅葉コンビ!?

作詞者は高野辰之で、作曲者は岡野貞一じゃないかといった見方もあるようです。だとすれば、「故郷」や「紅葉」を作ったコンビということになります。

ただ、先に書いたように、「冬景色」など多くの文部省唱歌は合議制で作られています。だから作詞者作曲者を特定することは困難を極めますし、そもそも一人ずつとも限りません。

特定しても本質は不変

忘れてはならないのは、特定したところで歌の本質は変わらないということです。誰が作ろうと、良い歌は良い歌です。たとえ殺人犯が作ったとしてもです。ただ、そこからの価値の見出し方は人それぞれでしょう。

また、学術上は、作者を特定しようとする努力は大切だと思います。芋づる式で何か分かることが出てくるかもしれませんし、そういった姿勢が解釈を深めることはあるでしょう。

朝・昼・晩 と、人の一生

「冬景色」は、ざっくりいうと、1番で朝、2番が昼、3番は晩を描いています。たしかに、字面だけ見ると、ただの一日の情景を描いている歌です。

でもこれ、深読みすることができます。

そう、朝→昼→晩を、人の一生として捉えることもできるのです。というか、お年を召した方だと、そのように感じることがあるそうなのです。

私はまだ壮年期にあり、からだもまだ丈夫で、なおかつことばの裏読みが苦手な発達障害者。この歌を、人の一生のように聴く(歌う)ことは難しいです。いずれはそのように聴ける(歌える)日がくるのでしょうか。

でも、一生として捉えると、ずいぶんと感銘を受けそうな歌詞だなあと、頭ではなんとか理解できます。今はまだ、感情や感覚がついてこないのです。

気軽に歌えるからこそ気をつけるべき点

ここからは実技レッスンです。

「冬景色」は、老若男女、気軽に歌える歌です。メロディーは覚えやすく、ほどよく盛り上がりもありますね。

ただ、ことばはちょっと難しいので、下記に歌い方の注意点を書いていきます。

” どけし ” って何だろう?

2番の歌詞に、”げに小春日ののどけしや” とあります。ここの歌い方、雑になっていませんか?特に、

のーどけしやー

のところです。ここを多くの方は、きっと、

のーけしやー

と、”ど” が無頓着に強くなってしまっていると思います。ここは、この歌で最も高い音から下がってきた最初の音なので安心しがち。それに d は破裂させるような濁音(有声歯茎破裂音)。したがって、強くなりやすいのです。しかも一生懸命歌おうとしたときほどそうなります。

私もかつて師に注意されましたね。「”どけし”って何だろう?」と皮肉を言われてしまいました。何でしょうね どけしって。どす黒いこけし?……なんちゃって!

ーどけしやー

となるように、”の” を明瞭に発音し、次の “ど” に移るときにはデリケートなガラス細工を触るかのように丁寧に下りると良いでしょう。もちろん、”ど” のみならず、その後も丁寧に!

歴史的仮名遣いを意識して歌う

歌をより深みのある色合いにするには、歴史的仮名遣い(旧仮名遣い)を意識した歌い方をすると良いでしょう。

細かく言い出すとキリがありませんが、大まかには、まず、すべてのふりがなを歴史的仮名遣いで書き表します。

さぎりきゆるみなとえの
ふねにしろし あさのしも
ただみづとりのこゑはして
いまださめず きしのいへ

からすなきてきにたかく
ひとははたにむぎをふむ
げにこはるびののどけしや
かへりざきのはなもみゆ

あらしふきてくもはおち
しぐれふりてひはくれぬ
もしともしびのもれこずば
それとわかじ のべのさと

 上記を見ると、”みづとりのこゑ” だったり “きしのいへ” だったり” かへりざき” などで歴史的仮名遣いを使っていることが分かります。もっというと、”みなとえ” の “え” はア行ではなくヤ行です。

こういった知識を頭の中に持ちながら、実際の発音はいつものように口語で歌います。それだけで息づかいや声色の作り方が変わってきます。

なお、”ひはくれぬ” の “は” は、現代でも使われている表記ですが、よく考えると歴史的仮名遣いですね。言文一致ならば “ひわくれぬ” となるはずですから。

鼻濁音と濁音の区別

  • “さぎり” の “ぎ” は鼻濁音
  • “むぎ” の “ぎ” も鼻濁音
  • “げに” の “げ” は濁音

さて、どんなときに鼻濁音にして、どんなときに濁音にするか、分かりますでしょうか?

“ぎ” は鼻濁音で、”げ” は濁音……?

うーん、たしかにそうなっていますが、ルールはそうではありません。

答えをいうと、語頭のガ行は濁音[g]、そうでないなら鼻濁音[ŋ]になります。これが日本語の標準的なルールです。ただ、例外もあります(今回は割愛します)。

鼻濁音の発音は難しく、慣れないなら反復練習が必要です。でもこれができると表現の幅が広がりますし、「冬景色」に至ってはとても優美な聞こえ方になります。しかも歌い出しでいきなり “ぎ” が出てきます。ここをただの濁音で歌ったら、ちょっとパンチが強くなってしまいます。

今回のレッスンは以上としましょう!

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