神の御子は今宵しも(作詞者・作曲者共に不詳)

儀礼歌・讃美歌

お待ちしておりました!

クリスマスムードもピークを迎えました。お正月へのカウントダウンを意識する頃となり、今年一年もとても早く過ぎていったなあと感じたりもします。

さて、今回は讃美歌「神の御子は今宵しも」について。私がひとりで合唱したものがありますので、まずはお聴きください。

キリスト教徒の方々やヨーロッパ諸国の方々にとっては馴染み深いクリスマスソングだと思います。日本では、さほど知名度は高くないですが、街のBGMを聴いていると流れていたりします。

では、解説をしていきましょう。日本語歌詞に始まり、英語歌詞、ラテン語歌詞まで触れていきたいと思います。

日本語歌詞とその解説

作曲者は不詳(J.F.ウェードとの説あり)で、作詞者についても、原語歌詞・日本語歌詞共に不詳です。有名な歌なのに、謎に包まれています。

日本では、1954(昭和29)年の『讃美歌』111番として知られます。早速日本語歌詞から見ていきましょう。

歌詞

神の御子は今宵しも
ベツレヘムに生れたもう
いざや友よ、もろともに
 いそぎゆきて拝まずや
 いそぎゆきて拝まずや

賤の女をば母として
生れまししみどりごは
まことの神、きみの君
 いそぎゆきて拝まずや
 いそぎゆきて拝まずや

「神に栄えあれかし」と
みつかいらの声すなり
地なる人もたたえつつ
 いそぎゆきて拝まずや
 いそぎゆきて拝まずや

とこしなえこみことばは
今ぞ人となりたもう
待ち望みし、主の民よ
 おのが幸を祝わずや
 おのが幸を祝わずや

【口語訳(訳:弥生歌月)】

神の御子は、今夜ベツレヘムにてお生まれになる。さあ友よ、皆、急いで向かって、拝まないでいられようか、いや、いられやしない。急いで向かって、拝むのだ。

身分の低い女性を母として、お生まれになった幼な子は、真の神であり、王の中の王である。急いで向かって、拝まないでいられようか、いや、いられやしない。急いで向かって、拝むのだ。

「神に栄光あれ!」と天使たちの声が聞こえる。地上にいる人も讃えつつ、急いで向かって、拝まないでいられようか、いや、いられやしない。急いで向かって、拝むのだ。

永遠のお声は、今、ひとりの人間の姿となられた。主待ち望んでいた民よ、自らの幸を祝わずにいられようか、いや、いられやしない、自らの幸を祝うしかないのである。

言葉の意味や文法

日本語歌詞の文体は古めかしく、直感では分かりづらいと思います。上に訳は書きましたが、言葉の意味や文法についても確認していきたいと思います。

今宵しも

“しも” って何だろうとまず引っかかるところ。〈しも〉は、副助詞〈し〉と係助詞〈も〉が重なった強調表現です。

生れたもう

意味は〈お生まれになる〉で良いですが、ポイントは現在形という点。預言されているイエスの降誕を意味します。完了形でも過去形でもないため、〈お生まれになった〉と訳すと不正確です。

もろともに

漢字では〈諸共に〉。〈皆いっしょに〉という意味です。

拝まずや

〈拝む〉に〈ずや〉がくっついた形。〈ずや〉は、打消の助動詞〈ず〉と反語の助詞〈や〉から成ります。意味は〈拝まないでいられようか、いや、いられない〉となります。反語表現はいわば強調表現のようなもので、疑問形とはちがいます。反語なので、〈拝むに決まっているのだ〉という裏の意味があります。

賤の女

〈賤〉には〈身分の低い〉という意味がありますが、ここでは差別的な意味ではなく、権力を持たない平民といったようなニュアンスとして捉えれば良いと思います。

みどりご

赤ちゃんのことですが、漢字では〈緑児〉〈嬰児〉と書きます。緑というのは新鮮さ、つまり生まれたてを意味します。

まことの神

神性の絶対性を表現しています。

きみの君

主権の頂点性を表現しています。

あれかし

動詞〈ある〉の命令形に、願望の助詞〈かし〉がくっついた形です。直訳すると〈あってほしい〉という感じの意味です。

みつかい

漢字を使うと〈御使い〉となります。天からの使者。つまり天使です。天使というとキューピッドを思い浮かべる人もいると思いますが、そうではありません。

地なる人

〈なる〉は、所在の助動詞〈なり〉です。直訳すると〈大地にいる人〉となります。

とこしなえ

漢字を使うと〈常しなえ〉となります。〈永遠につづく〉〈終わりがない〉という意味です。〈とこしえ〉と同じです。

みことば

漢字では〈御言葉〉。ただ、この解釈は難しく、単なる〈言葉〉ではない点が重要です。預言でもなく、人々の言葉でもなく、〈ロゴス〉のことです。世界を貫く理(ことわり)であり神と共にあったもの。人格を持った神の自己です。

人となりたもう

ロゴスがこのたび、人間の姿になられたということです。

主の民

主の統治下にいて、それを受け入れる民を意味します。

おのが幸

漢字を使うと〈己が幸〉です。〈己が〉とは、〈自分が〉ではなく〈自分の〉という意味なので、〈自分の幸〉となります。〈幸〉とは、単なる幸福ではなく、身に及ぶ恵みすべてを表します。

祝わずや

〈祝う〉に〈ずや〉がくっついた形で、〈ずや〉は、先ほどお伝えしたとおり反語の表現です。〈祝わずにいられようか、いや、いられない〉〈祝うほかない〉といった訳になります。

以上のように細かく見ていくことで、最初に思っていたニュアンスと少し違っていたと感じた方もいらっしゃるかと思います。より鮮明なイメージとなったのでしたら幸いです。

英語版「O Come, All Ye Faithful」

世界的に有名なのは英語版である「O Come, All Ye Faithful」です。というわけで、ごく一般的な英語歌詞を見ていきましょう。

英語歌詞

O come, all ye faithful, joyful and triumphant,
O come ye, O come ye to Bethlehem!
Come, and behold Him, born the King of angels!

[Refrain]:
O come, let us adore Him;
O come, let us adore Him;
O come, let us adore Him, Christ, the Lord!

God of God, Light of Light,
Lo, He abhors not the virgin’s womb;
Very God, begotten not created;

[Refrain]

Sing, choirs of angels; sing in exultation;
Sing, all ye citizens of heav’n above!
Glory to God, all glory in the highest!

[Refrain]

Yea, Lord, we greet Thee, born this happy morning;
Jesus, to Thee be all glory giv’n!
Word of the Father, now in flesh appearing!

[Refrain]

【日本語訳(訳:弥生歌月)】

さあ来るのです。忠実であり、喜びに満ち、勝利を誇る者たちよ。
さあ来くるのです。さあベツレヘムに来るのです。
来て、そして見るのです、天使の王の降誕を。

[リフレイン]:
さあ来るのです。主を拝みましょう。
さあ来るのです。主を拝みましょう。
さあ来るのです。主キリストを拝みましょう。

神の神、光の光、
ほら、処女の胎に宿ることを、主は忌んではおられません。
造られたものではない、まことの神なのです。

[リフレイン]

歌うのです、天使の合唱よ。歓びに満ちて歌うのです。
歌うのです、天上に住まう民たちよ。
神に栄光あれ。いと高き所すべてに栄光あれ。

[リフレイン]

そうです、主よ。私たちはあなたをお迎えします。この幸いなる朝にお生まれになったあなたを。
イエスよ、全栄光があなたに捧げられますよう。
父なる神のみことばが、今、人となって姿を現したのです。

[リフレイン]

日本語歌詞とのちがい

上記の一般的な英語歌詞は、日本語歌詞とも似通った内容となっていることがお分かりいただけたかと思います。ただ、英語のほうが意味が濃縮される分内容に深みがあります。

先ほど日本語の歌詞を細かく見ていきましたが、その作業をするだけでも、英語歌詞の理解は格段にしやすくなります。

原語たるラテン語版「Adeste Fideles」

「神の御子は今宵しも」の原語はラテン語で書かれています。ラテン語では「Adeste Fideles」。これも世界的に有名な歌詞であり、パヴァロッティもラテン語で歌っていました。

ラテン語歌詞

Adeste fideles læti triumphantes,
Venite, venite in Bethlehem.
Natum videte
Regem angelorum:

[chorus]:
Venite adoremus
Venite adoremus
Venite adoremus
Dominum.

Deum de Deo, lumen de lumine
Gestant puellæ viscera
Deum verum, genitum non factum.

[chorus]

Cantet nunc io, chorus angelorum;
Cantet nunc aula cælestium,
Gloria, gloria in excelsis Deo,

[chorus]

Ergo qui natus die hodierna.
Jesu, tibi sit gloria,
Patris æterni Verbum caro factum.

[chorus]

【日本語訳(訳:弥生歌月)】

来るのです。忠実であり、喜びに満ち、勝利を誇る者たちよ。
来るのです。ベツレヘムに来るのです。
お生まれになった子を見るのです。
天使たちの王を。

[リフレイン]:
来て、拝みましょう。
来て、拝みましょう。
来て、拝みましょう。
主を。

神の神、光の光。
処女の胎に宿っています。
お生まれになり、造られたものではない、まことの神なのです。

[リフレイン]

今こそ歌うのです、いざ、天使の合唱よ。
今こそ歌うのです、天上の宮廷よ。
栄光あれ。いと高きところに栄光あれ。

[リフレイン]

それゆえ、その方は今日お生まれになりました。
イエスよ、あなたに栄光あれ。
父なる神の永遠のみことばは、人となったのです。

[リフレイン]

日本語歌詞や英語歌詞とのちがい

ラテン語歌詞もまた、英語歌詞と同じで日本語歌詞と内容が似通っています。さらに、ラテン語歌詞と英語歌詞は、まるでそっくりなほどに内容が似ています。ここまで似ていると気持ちが良いです。

そして、英語歌詞も日本語歌詞も、原語たるラテン語の歌詞へのリスペクトが感じられます。このレベルであってこそ、本当の意味での〈訳詞〉と呼べるように思います。

処女が身ごもり、イエスを生んだ

今回の歌で描かれる情景のひとつは、処女が身ごもってイエスを生んだというものです。

処女とはマリアのこと。イエスの母とされる人。マリアは性行為をすることなくイエスを懐妊しました。そのイエスの姿はもちろん人間ですが、それまでは〈みことば〉つまり〈ロゴス〉であり神と共にある存在でした。イエスの父なる神は、マリアを選び、聖霊によってイエスを身ごもらせたのです。その聖霊には物体性がありませんが、絵画ではしばしば鳩として描かれます。鳩がパタパタとマリアのもとへ降りてきてマリアが受胎するという描き方です。

そしてついに、イエスが人間の姿として人々の目の前に現れます。生まれたばかりのイエスは赤ちゃんの姿ですが、それは神の子が完全に人間として生きるために取った姿でした。


日本では、クリスマスイブに、実に多くのカップルが夜を共にします。しかしヨーロッパではそういった風習は一般的ではなく、家族で静かに食事をして教会に行くというのが一般的なようです。

日本がヨーロッパの真似をすべきだと言いたいのではありません。しかし、文化の違いを知ることは大切です。今回の讃美歌「神の御子は今宵しも」をしっかり読むだけでも、文化の違いは見えてきます。すると、クリスマスの本当の意味を考えずにはいられなくなり、おのずと過ごし方も変わってくるような気がします。

 

 

コメント