壁きえた(新実徳英、谷川雁)にしとひがし そらをつなぎ…

歌曲

お待ちしておりました!

今回は知る人ぞ知る名歌「壁きえた」についてです。ここにたどり着いた方は、きっとマニアックな部類に入ると思います。

まずは私が歌ったものを掲載します。

『白いうた 青いうた』の中の一曲

「壁きえた」は、元々、

  • 『十代のための二部合唱曲集「白いうた 青いうた」』(音楽之友社)
    ※のちに『三世代のための~』に改題

の第1集の第12曲にあたる合唱曲でしたが、今回私が歌ったものは、新実徳英さんが独唱用に編み直した、

  • 『独唱とピアノのための「白いうた 青いうた」』(音楽之友社)

の第2集の第1曲にあたる歌曲です。

以下では、上記をまとめて、単に『白いうた 青いうた』と表記します。

先に曲!歌詞は後付け

『白いうた 青いうた』は、一般的な歌曲と異なった特徴を持っています。

歌というのは通常、先に歌詞が作られ(あるいは既存の詩を使って)、そこに後から音・音楽を付けていくという工程で作曲されます。

しかし『白いうた 青いうた』では逆で、先に音・音楽が作られ、そこに歌詞をあてがって作曲が進められました。これを填詞(てんし)といいます。

私は子供の頃、その填詞のほうが一般的だと考えていました。ある時、歌は歌詞が先で曲が後に作られることを知り、衝撃を受けましたね。

男声ア・カペラ版「壁きえた」

冒頭に書いたように、「壁きえた」は知る人ぞ知る名曲です。『白いうた 青いうた』の中で最も有名な歌曲といっても過言ではないでしょう。

それもあってか、「壁きえた」の男声ア・カペラ版の合唱曲も存在します。これには何曲か収録されていますが、楽譜本のタイトルは『男声合唱曲集「壁きえた」』となっています。

ちなみに、ア・カペラとは 〈礼拝堂で〉という意味で、一般的には無伴奏の合唱・重唱のことを指します(独唱の場合、狭義的にはア・カペラといいません。というのも古来、教会音楽は多声音楽だったからです。ただ現代では、無伴奏独唱のことをア・カペラということがあります)。

ベルリンの壁崩壊

「壁きえた」は、ベルリンの壁の崩壊を描いています。

ベルリンの壁という具体的な単語は歌詞に入っていませんが、”Guten Abend” “Guten Morgen” といった言葉が出てくるので「ドイツ語圏で壁が消えたとなると、ベルリンの壁ことか」と予想はつきますね。

ローザとペーターの再会

歌詞にはローザとペーターが登場します。ローザは女性であり、ペーターは男性です。どちらかが西ドイツの人で、もう片方が東ドイツの人だったのでしょう。それか、同じ地域の人同士だったけど、タイミング悪く分断されてしまったのかもしれません。

ベルリンの壁が消えたことで感動の再会を果たすという描写。東西冷戦の終結による喜びをも感じます。それまでは、壁を抜けようとすると殺された可能性もあったわけです。

約28年ぶりの再会か

ベルリンの壁が建てられたのが1961年8月〜で、崩壊が1989年11月9日です。となると、約28年間、ローザとペーターは会えなかった計算になります。

きっと相思相愛の仲(恋愛とは限らないが)なので、28年もの間ずっと待ち続けたことには、計り知れない苦悩があったことでしょう。

歌詞の “いきて あえた” という部分には、その28年分の蓄積が凝縮されているはずです。譜面には f(フォルテ)も書いてあり、最も感情が大きくなるところといえます。

ちなみに、歌詞に “あきのかおり” とありますが、これは壁崩壊が1989年11月9日であることにもつながりますね。

歌詞の「?」な点

『白いうた 青いうた』の歌詞には難解なものが多いですが、「壁きえた」は比較的分かりやすいほうです。

それでも分かりにくい点があります。加えて、これは間違いなのではないか?と思われる点もあるので、以下にピックアップします。

まつり

“もえろ まわれ ひとの まつり” と出てきますが、この “まつり” とは一体何のことでしょう?

おそらく漢字で書くと “祭り” となると思いますが、ざっくり言うとイベントのことかもしれませんね。東西分け隔てることなく交流が取れるようになったことで、より良い国になれ!という想いを私は感じます。

こちらのパンと そちらのミルク

西は西でパンとミルクがあり、東は東でパンとミルクはあったはずなので、この歌詞についてもなかなか理解がしにくいものです。

これも私の想像になりますが、何の変哲もない物の流通のことを言っているのでは?と思います。壁がなくなったことで、西と東の物々交換も生まれたことでしょう。それを示唆しているのかもしれません。

あるいは、パンとミルクというと朝食などで一緒に頂くことの多い組み合わせです。それぞれ単体でも味わえますが、組み合わさることで味わい方が掛け算されます。壁崩壊によるシナジー効果を示唆しているかもしれません。

グーテナーベント

これは理解しにくい点ではなく、誤りだと思う点です。

1番の譜面には “グーテナーベント ローザ!” と出てきて、そのすぐ下に “Guten Abend, Rosa!” と併記してあります。

ドイツ語では、基本的に、単語と単語をくっつけて発音しません。n と A をつなげることはないよってことです。カタカナにすると、グーテンアーベントとなるはずです。

ところが、歌詞では “グーテナーベント” となってしまっている。作詞者の誤解なのか、はたまた当地の発音習慣を意識しての意図的な表記か、定かではありません。

たしかに、速く発音するとグーテナーベントのように聞こえるかと思います。が、厳密には速くても分けて発音するというのがドイツ語のルールだと私は認識しています。そのため、先ほどの動画では、”Guten Abend” のほうを採用して歌っています。

歌唱時のポイント

『白いうた 青いうた』は、肩肘張らずに歌えば良い歌曲集ですが、念のため意識しておきたい点をまとめてみました。

休符は休みだが次を見て

4拍目に休符が多用されています。3拍目は二分音符ではないので、”にしとーひがしー” ではなく “にしと□ひがし□” と歌う必要があります。いわゆる絶妙な間(ま) ですね。

ただ、休符だからといって腰をかけてはダメで、次のことばを見つつ、音のない音を歌うような意識が必要になります。じゃなければただの単語の羅列になってしまいます。

休符で息を吸っても良いですが、からだの支えがリセットされやすいので、支えっぱなしにしておく意識も必要になってきますね(私、昔は何度も注意されました)。

なお、2小節ずつひとつの小さな山もなっているので、それも意識すると良いかと思います。

生きて会えた喜びの表現

この歌のクライマックスといえば、先ほど書いた “いきて あえた” のところ。譜面にも f(フォルテ)が書いてあります。しかもそこに向かってクレッシェンドまで!

これは完全に喜び。28年間の鬱積がはじける瞬間です!……想像してみましょう、28年間も大好きな人と会えない苦しみを。擬似的なイメージ(大好きなペットに会えないとか)から考えてみるのも良いと思います。とはいえ演劇ではないので、最終的には音楽として形を整える必要はありますね。

溜まったものが溢れ出る!

コツとして、”Guten……” の “Gu” はやや小さめにして入ると、その後のクレッシェンドを生かしやすいと思います。その場合でも、それは何かが溢れる直前の溜まった感が必要ですね。

……もう満杯になる!そしてクレッシェンドし、”いきて あえた” で溢れ出る!!

そんな感じです(←どんな感じやねん)。

ちなみに…… r の発音

もし、併記してある、”Guten Abend, Rosa!” と “Guten Morgen, Peter!” を採用して発音するなら。

r の発音は、時代や地域によっては舌を震えさせました/ます が、現代標準では舌を使いません。出てくる位置によって、アのような発音になったりノドを鳴らすような発音になったりします。

学生時代にドイツ語の発音を厳しく指導されたことを思い出します。

コメント

  1. 海の天使 より:

    通りすがりに失礼します。
    「壁きえた」は中学生の頃「十四歳」「薔薇のゆくえ」「島原」「自転車でにげる」とともに仙台市中学校合同演奏会で演奏しました。
    確かに当時でも入ってきやすい詩で書かれていましたね。私は「壁きえた」が一番好きでした。
    「まつり」は「祭(祭り)」という解釈で良いと思います。
    「もえろ まわれ ひとの まつり」「もえろ かわれ ひとの れきし」
    これを一つ一つ解釈していくのではなく、ひとかたまりで読んでいくと、壁が崩壊した事で大勢が歓喜し祝う様子、新しい歴史が紡がれていくのだという想いが伝わってくると思っています。
    「こちらのパンと そちらのミルク」
    これはその当時はそのままの意味だと思って歌っていましたが、今考えると恐らく、足りない者(かたわれ)同士がようやく1つの完成したものになった、という比喩表現だったのだろうと思いました。
    「グーテンナーベント」はおっしゃる通り、恐らく読み方を間違えていたのかと思いますw

    • 弥生歌月 より:

      コメントいただきありがとうございます。

      “足りない者(かたわれ)同士がようやく1つの完成したものになった、という比喩表現だったのだろうと思いました。”

      という話について、イメージが分かりやすくてうなずかされます。

      貴重なご意見、感謝いたします。