公園の手品師(宮川哲夫、吉田正)鳩が飛び立つ公園の…

歌謡曲・演歌

お待ちしておりました!

フランク永井さんが歌っていた歌謡曲「公園の手品師」について掘り下げていこうと思います。なんかオシャレな歌ですよね♪

まずは私が歌ったものを掲載します!

私はフランク永井さんからこの歌を知ったのではなく、楽譜を眺めていたことで知りました。そしてフランク永井さんが歌われているのも聴き、いや〜まさにムード歌謡だなあといったところです。

ところで、フランク永井さんって、芸人のスギちゃんにちょっと似てません??顔の感じとか、渋みや愛嬌のある感じとか。……あ、そうでもないですか??……すみません。

ただただオシャレ!そこがいい

「公園の手品師」がリリースされたのは1958(昭和33)年。この頃の歌謡曲というと、恋愛、故郷への思慕、希望などを歌ったものが多かった。

しかし「公園の手品師」はそのいずれでもなく、ただただオシャレな世界観を、落ち着いた紳士的な声で歌い上げるというもの。これがムード歌謡と称される所以ですね。

誰もがイメージできる

或るテーマ、たとえば恋愛だとしましょう。恋愛をテーマにした歌は、人によってどうしても共感できる/できないの分断が生じます。恋愛の形は千差万別だし、恋愛をしていない人もいるからです。

また、明るい希望がテーマだとしても、万人受けはしません。終戦直後の復興時代ならまだ受けは良かったと思いますが、物質的にも音楽的にも多様な現代では、あまり共感を得られないかと思います(逆に今はネガティブな歌詞のものが流行ったりしますね)。

「公園の手品師」は、言ってしまえば公園のイチョウとそのまわりの様子を歌っているだけ。今も昔も、誰もが見たようなよくある日常の光景です。つまり、誰もがイメージできる歌謡曲です。

平和

誰もがイメージできると書きましたが、それは平和だからこそです。もし戦争中なら、この歌で描かれる光景はなかなか見られなかったかもしれません。いや、たとえ見ることができても、心の底から落ち着いて景色を嗜むことはできなかったのではないでしょうか。

当時「公園の手品師」を聴いた人たちは、その多くが戦争経験者でした。どんな思いでこの歌を聴いていたのでしょうね。歌詞の “ラララン” ひとつとっても、感じ方は現代人とは異なっていたはずです。

擬人化の宝庫

この歌には多くの擬人化表現が使われています。

まず筆頭となるのは “銀杏は手品師 老いたピエロ” です。ピエロのような手品師か、手品師のようなピエロか、ピエロと手品師の兼業か。その辺は分かりませんが、なんとも普通ではない様子ですね。

薄れ陽にほほえみながら歌う

“薄れ陽にほほえみながら 季節の歌を (中略) 唄っているよ” と歌詞にあります。ピエロというと不気味な顔をイメージする人も多いけれど、気のいいピエロって感じがしますね。イチョウがサササーッと音を立てている様子でしょうか。

そこで登場人物がもうひとり。アコーディオンを貸そうとしている人です。公園でたたずむ紳士でしょうか。歌い手本人のようにも思います。イチョウと一緒にいる絵が浮かんできます。

口上をいわずにカードをまく

口上とは、いわば芸の説明。それをせずしてカードを撒く。イチョウが葉っぱをひたすらに散らし続けている様子でしょうか。大量の葉っぱがキラキラと舞っている光景が思い浮かびます。

ところで、その葉っぱはどこから湧いてくるのでしょう。木についていた葉っぱよりも多く感じます。ひょっとして、これぞ公園の手品師のなせるワザ!?木の下でイチャイチャしているアベック(カップル)も、思わず「すげー!!」と圧倒されているでしょうね!

きっと木枯らしが吹いているのでしょうが、肌寒さも忘れそうです。

知らん顔してすましている

カップルがいちゃついていようが子どもが鳩を追っかけまわしていようが夫婦が喧嘩していようが老人が犬の散歩をしていようが、そんなの全部、ピエロには関係ありません。彼は一定の表情でひたすらに葉っぱを撒き散らすのみです。

それでもなお日常を鮮やかなものにしてくれる。愉しい気持ちにしてくれる手品師です。ひそかにみんなの幸せを願って、葉っぱを舞い上げているのだと思います。

声が低くないと味が出ない

好みのお話になりますが、「公園の手品師」は、声が低い男性が歌うと味が出る気がします。声種でいうとバスかバスバリトンあたりでしょうか。やはりフランク永井さんですね。

落ち着きと余裕と安心感

なぜ低い声が良いかというと、落ち着きと余裕を感じるからです。もし高い声だと、元気すぎたり幼さが出てしまったりします。年齢的には若くても良いのですが、老いたピエロにアコーディオンを貸すのに似つかわしい人物じゃないとしっくりきません。

また、〈平和〉というものにこだわるなら、男性の低くあたたかな声は安心感をもたらします。当時の人たちは、そんなフランク永井さんの声にしみじみ癒されたことでしょう。

高い声の人は渋さを意識しよう

でも誰もが歌える歌なのだから、声が高い人でもこういった歌にも挑戦してみたいのが人間の情けってもんです。私は一応テノールですが、渋さを意識して冒頭のように歌いました。

私が使用した楽譜はキーが低く、大事なことばである “老いたピエロ” が大変でした。内臓をすべて地面に溶け込ませるかのようなイメージをしました。でも声が奥でこもらないよう、顔の前での発音も心がけました。何度もピエロ〜♪ピエロ〜♪と練習していたので、家族の者から「うるさい!ノイローゼになるわ!」と怒られました。

また、その低音域をキめるため、しっかり足を床につけ、地を感じ、落ち着きのある紳士を自分に憑依させました。それだけで発声のポジションがいつもとは変わり、胸から声を出している感覚になりました。

声が高い方は是非そんな感じで試してみてください。ただ私自身、加齢によって重たい声になってきているため、なんとかやり過ごせた面もあります。軽く高らかな声を持つ人は、いっそのこと方向性を変え、新たなアプローチをしていくのも手かと思います。

今年、私が「公園の手品師」を知ってから1年が経ちました。冒頭の動画は、本記事を書いた1年くらい前のものです。今年を含め、来年以降も、晩秋になると「公園の手品師」を歌いたくなるのでしょうね。皆さんも是非、秋を彩るカラオケのレパートリーにしてみてください!

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