お待ちしておりました!
街はクリスマスムードが高まりつつありますが、風邪やインフルエンザが流行り出し、まわりでは鼻を啜る音がよく聞こえてきます。私の先週、風邪とまではいかずとも、ノドにかゆみを感じ、ドキッとしましたね。
さて今回は、唱歌「庭の千草」です。まずは私が歌ったものを掲載します。
ちなみに、動画で使っている絵は、私が黒板に書いたものを色反転させたものです。一輪の菊のつもりですが、家族にはティッシュをグシャってやったやつと言われました(笑)
では早速、「庭の千草」について解説をしていきましょう。
日本語歌詞と意味そして解釈
アイルランド民謡ということもあり元々は英語ですが、まずは日本語として歌われる際の歌詞を掲載し、意味や解釈について深めていこうと思います。
歌詞と口語訳

『小學唱歌集」第三編より
庭の千草も むしのねも
かれてさびしく なりにけり
あゝしらぎく 嗚呼白菊
ひとりおくれて さきにけり露にたわむや 菊の花
しもにおごるや きくの花
あゝあはれあはれ あゝ白菊
人のみさをも かくてこそ
【口語訳(訳:弥生歌月)】
庭のあらゆる草も虫の声も枯れ果てて、寂しくなってしまったなあ。ああ、白菊、ああ白菊よ。ひとりだけ、遅れて咲いたんだね。
露の重さでしなっているではないか、菊の花よ。それでも霜に負けず勢いよく咲いているではないか、菊の花よ。ああ、これはなんたる素晴らしいことよ、ああ、白菊よ。人の節操というものも、こうであってこそだ。
言葉の意味
「庭の千草」の歌詞には、あまり聞いたことのない言葉があります。
ひとつは “おごる” 。霜におごるとはどういうことかというと、霜にも負けずに勢いがよいということです。”おごる” を漢字にすると “傲る” となります。日常ではまず使わない言葉ですね。
もうひとつは “みさを” 。漢字にすると “操” ですが、こちらはたまに人名で見かける程度で、一般的な言葉としてはあまり聞きませんね。ただ、字のごとく節操という意味があります。節操とは、意志や意見を堅く持つことです。
解釈
これは庭に生えた菊の歌ではありますが、それを受けて、人生観に落とし込んでいるところまでがこの歌の内容といえます。
菊は秋の花で、11月まで盛んに咲きます。冬になると多くの植物は萎れていき、菊にとっても過酷な時季となります。しかし菊は寒さに強いため、冬になっても花を咲かせる個体も少なくありません。
その様子から、「庭の千草」の歌詞を書いた里見義(さとみただし)は、逞しさや気高さを感じたのかもしれません。
そして歌詞の最後では、”人のみさをも かくてこそ” と結んでいます。人間も、つらいときでも意志を堅く持ち、自分の人生をしっかりと生きましょう……そんなメッセージを感じます。
最近は、我慢することを悪とみなす風潮があります。たしかに、心身を壊しては元も子もありません。しかし、なんでもかんでも思い通りにはならないのが社会。ある程度の我慢は必要です。そんなときに自分なりの堅い意志を持っていれば、その我慢も〈痛気持ち良いもの〉に感じることができるかもしれません。そして試練を乗り越えていくのです。
私は昔ながらの、我慢だとか忍耐だとか辛い経験をしろとか、そういうのは好きではありません。経験せずして一生を全うできらならそれが一番。でも現実としてそれはありえません。だからこそ、我慢したり辛い経験を乗り越えるための力は身につける必要があると思っています。
英語歌詞について
どうせなので、元の英語歌詞についても触れておきます。
「庭の千草」は、英語では「Tis the Last Rose of Summer(夏の名残のバラ)」という歌で知られます。その名のとおり、菊ではなくバラが登場しますが、若干日本語版と内容がシンクロしつつも、メッセージは異なります。
夏のバラが一輪だけ残るのですが、それを見た主人公が、そのバラが仲間のもとへと逝けることを祈ります。そしてそれを人間である自分にもなぞらえます。親しい人たちがいなくなったら、こんな荒れた世の中で誰が一人で生きられようか!という内容です。
そのように、英語版ではけっこう劇的な内容になっています。それに対して日本語版は、やはり日本的というか、サムライを思わせる内容ですね。私はどちらの歌詞にも共感できますし、心境として両立もしうると考えます。
「庭の千草」の過去から現在
「庭の千草」はアイルランド民謡とされており、先述のとおり「Tis the Last Rose of Summer(夏の名残のバラ)」として世界的には知られていますが、元は違う歌でした。
「ブラーニーの木立」そして「ハイド城」
ところが元を辿ると、別の曲で、「The Groves of Blarney(ブラーニーの木立)」という民謡だったようです。さらにその元を辿ると、「Castle Hyde(ハイド城)」という民謡だったそうです。
実は「ロンドンデリーの歌」の親戚!?
さらにさらに!
「Castle Hyde(ハイド城)」の元を辿ると「The Green Woods of Truigha(トゥルアの緑の木々)」という古い民謡なんだそうです。しかもこれは、「ロンドンデリーの歌」の大元という説があります。
その説に基づくと、「庭の千草」と「ロンドンデリーの歌」は親戚ということになります。こりゃびっくり。思えば、どことなくメロディーが似ているような気がしますね。
「菊」、そして「庭の千草」へ
「庭の千草」は、1884(明治17)年の『小學唱歌集』第三編に初めて掲載されましたが、そのときのタイトルは「菊」でした。
やがて、歌い出しの歌詞をとって「庭の千草」と呼ばれるようになりました。ただ、内容からすると「菊」のほうがしっくりきますね。だって、この歌の主人公は白菊なのですから。
なお、曲名が変わっただけで日本語歌詞の内容に変化はありません。
正しい節回しは…?
あらゆる歌手が歌っている「庭の千草」を聴くと、微妙に歌い方が違っていたりします。細かい装飾音符を付けたり付けなかったり、リズムの取り方だったり…。
では、どの歌い方が正しいのでしょうか。正しい節回しはあるのでしょうか?
正直、私にはどれが正しいのか分かりません。それに完全なる正しさなんて無いようにも思います。なぜなら、この歌の大元は民謡だからです。
『小學唱歌集』第三編では、以下のようになっています。

『小學唱歌集』第三編より
この楽譜に従って歌うも良しですし、アレンジしても良いと思います。また、編曲も数多くされていますし、中には編曲者すら分からないアレンジ(伝承的なもの?)もあります。
ただ、編曲版や出版社の決定譜を使用する場合は、その譜面に従うのが、スタンスとしてベターではあります。そこには編者の考えが盛り込まれており、それに対してリスペクトしましょうというのが本意です。
まあ、総じて、いろんな節回しがあるので、これが絶対だ!というものは無いといえましょう。繰り返しになりますが、元々は民謡なのですから。


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