故郷の空(スコットランド民謡、大和田建樹)夕空晴れて秋風吹き…

唱歌・童謡

お待ちしておりました!

朝晩、ようやく過ごしやすくなってきました。日の出ている時間も、だいぶ短くなってきたように感じます。ようやく秋らしくなったというか、本当近年の猛暑には気が滅入りますね。

さて、今回は唱歌「故郷の空」です。日本人全体で見ると知っている人はそう多くないと思いますが、ご年配の方や、日本の歌が好きな人なら知っている歌ですね。

なんとも日本的な懐かしさを覚えるメロディーですが、実は元々はスコットランド民謡。なのになぜ懐かしく感じるのでしょうか。歌詞のせいでしょうか。

それもありますが、実はメロディーにこそ秘密があります。今回はそのあたりも交えてお話をしていこうと思います。

日本語歌詞と英語歌詞

早速、「故郷の空」の歌詞から見ていきましょう。英語の歌詞についてはその後に見ていきます。

「故郷の空」の歌詞(日本語)

スコットランド民謡「Comin’ Thro’ the Rye」のメロディーに、大和田建樹が日本語歌詞を取り付けたものが「故郷の空」。1888(明治21)年に『明治唱歌』第一集に掲載されました。

夕ぞらはれてあきかぜふき
つきかげ落ちて鈴虫なく。
おもへば遠し故郷のそら。
あゝわが父母いかにおはす。

すみゆく水に秋萩たれ
玉なす露はすゝきにみつ。
おもへば似たり故郷の野邊。
あゝわが兄弟たれと遊ぶ。

【口語訳(訳:弥生歌月)】

夕空は晴れて秋風が吹き、月の光がさして鈴虫が鳴く。思えば遠いなあ、故郷の空は。ああ、父さん母さんはどうしていらっしゃるのだろう。

澄みゆく水に秋の萩が垂れ、玉をなす露はススキにいっぱいついている。思えば似ているなあ、故郷の野辺に。ああ、きょうだいは誰と遊んでいるのだろう。

訳はほぼ原文から受ける印象どおりで、理解しやすい歌だなあと思います。

兄弟は、現代では通常〈きょうだい〉、法律等では〈けいてい〉と読みますが、今回の歌では〈はらから〉と読みます。〈腹〉と〈〜から〉を組み合わせたことばです。同じ腹から生まれた人ということです。ちなみに、同胞も〈はらから〉と読みますね。ほぼ同じ意味です。

「Comin’ Thro’ the Rye」の歌詞一部(スコットランド英語)

世界的によく知られるのはスコットランド方言の英語です。ここでは有名な1節のみご紹介し、あわせて標準英語と日本語の訳も載せます。

Gin a body meet a body
Comin’ thro’ the rye
Gin a body kiss a body
Need a body cry?
Ilka lassie has her laddie
Nane, they say, hae I
Yet a’ the lads they smile at me
When comin’ thro’ the rye.

【標準英語(訳:ChatGPT)】

If a body meet a body
Coming through the rye,
If a body kiss a body,
Need a body cry?
Every lassie has her laddie,
None, they say, have I.
Yet all the lads, they smile at me,
When coming through the rye.

【日本語(訳:弥生歌月)】

このライ麦畑で
誰かと誰かが出会って
誰かが誰かにキスをしたとして
泣くことなんてあるの?
女の子にはみんな恋人がいるに
いいえ私にはいないよと言うよね
なのに男の子はみんな
このライ麦畑で
私に微笑みかけてくれてくれるの

挑発的な色恋の歌ですね。「故郷の空」とは何の脈絡もない内容で、懐かしさなど微塵も感じません。歌詞の力って絶大ですね。

ただ、現在歌われる「故郷の空」は、実は「Comin’ Thro’ the Rye」とリズムが微妙に異なっています。

「Comin’ Thro’ the Rye」は、スコットランドの伝統的な楽曲である「Common Frae the Town」が原曲といわれていますが、歌詞が付いたものとしては「Comin’ Thro’ the Rye」が原曲といえるかもしれません。

メロディーに隠された懐かし味

「故郷の空」のメロディーは懐かしく聞こえますが、その秘密を2点お伝えしたいと思います。

スコッチ・スナップ と ピョンコ節

まず、「Comin’ Thro’ the Rye」のリズムを確認すべく、楽譜を掲載してみます。

Comin' Thro' the Rye

New York: William Hall & Son, 1851. Plate 1253.

必ずこのように歌われるとは限りません(あくまで一例です)が、だいたいはこの楽譜に記載のとおりです。擬音でリズムを表記すると、

タッタ タター タァッタ タター タター タァッタ …

となっています。装飾音を省いてよりシンプルにすると、

タッタ タター タッタ タター タター タッタ …

です。これをスコッチ・スナップといいます。このリズムにむりやり日本語を当てはめた楽譜もあるにはありますが、それで歌ってみると実にヘンな感じがします。

「故郷の空」が初掲された『明治唱歌』では、奥好義により、日本語にふさわしいリズムに書き換えが行われました。

故郷の空

大和田建樹, 奥好義編『明治唱歌抜萃小学唱歌 訂2版』(M28) より

タッタ タッタ タッタ タッタ タッタ タッタ …

というリズムになっています。これでようやく、自然な日本語に聞こえる歌です。

「故郷の空」は明治の歌で、その当時そのリズムに名前はありませんでした。しかし、大正の童謡「蛙の夜まはり」に “ピョンコ ピョンコ ピョン” という歌詞が出てきて以来、この日本特有の跳ねるリズムはピョンコ節と言われることがあります。本来は楽譜には書き表せないリズムです。着物を着て鞠つきをしながら歌うと、ピョンコ節がそれらしくなります。

ヨナ抜き音階

突然ですが、ヨナ抜き音階と呼ばれる音階があります。ヨナとは、音階の4番目と7番目の音を指しており、ドレミファソラシドでいうとファとシです。それらを抜いた音階であるドレミソラドをヨナ抜き音階といいます。

スコットランド民謡でよく見られる音階は、ヨナ抜き音階です。また、日本でも、明治以降にヨナ抜き音階が浸透し、唱歌や童謡をはじめ、演歌や歌謡曲などにも多用されるようになりました。

明治以降と書きましたが、実は日本古来の音律にも、ヨナ抜き音階のようなものがあります。だからかどうかは分かりませんが、ヨナ抜き音階を耳にするとなんだか日本人としての血が騒ぐような気がするというか、とても近いものに感じます。

多くの人が「故郷の空」をはじめとする数々の日本の歌に懐かしさを感じるのは、歌詞の力以外にも、そういった音階の力があるように思います。

特に「故郷の空」は、歌詞も故郷を懐かしむものであるうえ、どこかのどかなピョンコ節。そこにヨナ抜き音階が重なって、本当にスコットランド民謡なのかと疑いたくなるほど日本的懐古感のある歌となっています。

以上が、本記事冒頭の問いに対する答えです。

「誰かが誰かと」について

日本の歌となった「Comin’ Thro’ the Rye」には、「故郷の空」のみならず「誰かが誰かと」(作詞:大木惇夫&伊藤武雄)という歌もあります。

「誰かが誰かと」のメロディーのリズムは、元の「Comin’ Thro’ the Rye」に従ったものとなっていて、歌詞の内容も原曲に近いです。

また、昭和40年代には、テレビ番組『8時だよ!全員集合』の中で、ドリフターズが替え歌を披露しています。

著作権の都合で歌詞は直接載せられませんので、興味がある方はぜひ調べてみると良いかと思います。

コメント