お待ちしておりました!
私はけっこう渋い歌を取り上げますが、今回はとりわけ渋い歌です。音大声楽専攻の人ならきっと一度は学んだことがあるでしょう、「出船」です。
知っている人も知らない人も、まずはお聴きくださいませ。
しんみりとしていて暗い歌ですよね。それでいて格調高く、奥ゆかしい。歌謡曲と言われることが多いようですが、日本歌曲としても立派な作品です。
というわけで、掘り下げていきましょう!
知名度の割に情報が少ない!
「出船」は声楽専攻者なら知っていて常識な歌です。声楽をやっていない人でも好きな人はちらほらいらっしゃるようです。要は、知名度としてはそこまで低くない。
にもかかわらず、いざ調べてみても、この歌に関する情報が少ない。Wikipediaさえありません。なのでむりやりほじくって、ざっと分かったことを下記に記します。
歌詞が生まれた、ゆかりの場所
作詞者の勝田香月さんは、日本海の暗い波間に粉雪が降る能代港(のしろこう)を歩きながら構想を練り、大滝温泉の宿で「出船」の歌詞を書いたそうです。1922(大正11)年の抒情小曲集『心のほころび』にて初出の歌詞です。
能代港も大滝温泉も秋田県にあり、一応Googleマップで場所を調べてみました!ただ、宿は無名の宿だったらしいので、正確な位置までは分かりませんごめんなさい。
能代港と大滝温泉はほぼ緯度が同じです。能代港(能代市)から東のほうに行くと、大滝温泉郷(大館市)があります。
歌詞
今宵出船か お名残惜しや
暗い波間に 雪が散る
船は見えねど 別れの小唄に
沖じゃ千鳥も 泣くぞいな今鳴る汽笛は 出船の合図
無事で着いたら 便りをくりゃれ
暗いさみしい 灯影の下で
涙ながらに 読もうもの
特に解説は必要ではないと思います。書いてあるとおりです。別れを惜しむ歌ですね。しかし、誰がどんな別れを迎えたのかは、いろいろな解釈があるところです(中には遊女の話だとか!?)。
ヴァイオリン協奏曲のメロディー!?
作詞にまつわる話はだいたい上記のような感じですが、作曲にまつわる話があまりないのです。しかし、(論拠不明ですが)流行り歌としてのヒットを期して作曲されたと言っている人もいます。
作曲者の杉山長谷夫さんは、愛知県名古屋市出身のヴァイオリニストでした。全音楽出版社の『日本歌曲選集3』には、下記のように解説がありました。
…杉山長谷夫は自作のヴァイオリン協奏曲の第二章のテーマとして作曲している。
当時はラジオやレコードもなく(ラジオ放送開始は一九二五〔大正十四〕年)、演歌師がヴァイオリンを弾き歌いで広めた。[中略]その後、この曲はテナー歌手・藤原義江(藤原歌劇団の創始者)によるレコードで有名になった。
上記にある “ヴァイオリン協奏曲の第二楽章” が「出船」と同じメロディーなのでしょう。これはちょっと驚きですが、杉山さんはヴァイオリニストだったことから、よほど思い入れがあった楽曲かもしれませんね。しかし、残念ながら音源は見当たりませんでした。
ちなみに、その協奏曲は1918(大正7)年の作曲だそうです。作詞年より前ですね。
ジャンルの垣根を越えた歌
1928(大正17)年に、テノール歌手の藤原義江さんの歌で発売され、好評を博しました。オペラの歌声で歌う「出船」だったので、中には “こんな大仰に歌うなんて” と思った方もいたと思います。ファンの方にはすみませんが、私は藤原さんの歌はちょっと苦手です。
その後も、あらゆる声楽家や歌謡歌手が「出船」を歌っています。昭和の歌姫であった美空ひばりさんも歌っていました。ただ、”下” を “した” と間違われています(正しくは “もと” です)。
歌謡曲なのか日本歌曲なのか、結局私は判断がつきませんが、流行り歌として作られたという説や、演歌師による歌い広めがあったり、歌謡歌手によるカバーが多かったりしたことから、歌謡曲といえるほど世間に浸透していたと思われます。
声楽専攻者でもケアレスミス!?
私が音大に通っていた頃、ある授業で「出船」を皆で歌うことになりました。
私はすでに高校生のときに声楽レッスンで習っていたので当然歌えました。が、声楽専攻者でさえ、まだ一度も歌ったことがない人もいて、さらには、歌詞の歌い方まで間違えていたのでビックリしました。
“こうた” の発音
“こうた” はどのように発音して歌うか。
もしこれが “乞うた” や “孝太” などであれば、コータと発音しますね。同じく、”そうだ” ならソーダだし、”労働” ならロードーです。つまり、ou はオーとなるのです。
ということを日本の歌のレッスンの基礎で学ぶわけですが、これを今回の「出船」に出てくる “小唄” に当てはめたらどうなるのか。
……そうです。本来コウタと発音するところ、何人かの声楽専攻者は思考停止のまま、”小唄” をコータと発音してしまったのです。ou はオーと発音するという理屈を、”小唄” にも当てはめてしまったのですね。
たしかに楽譜上は “こうた” と平仮名で書いてあるので、条件反射でコータと歌ってしまいがちです。とはいえ、声楽専攻者たる者、きちんと予習しておくべきところだと思いましたし、予習せずともそこは意味を瞬時に読み取れよ!って思いましたね。
朗読を丁寧に行おう
どの歌でも、歌詞の朗読をあらかじめ丁寧に行うことが大切ですね。
日本の歌の場合、楽譜上は平仮名で歌詞が書いてあることが多い上、音符によって時間が引き伸ばされて何を語っているのか見失ってしまうことがあります。
ことば一つひとつの解釈を行うため朗読は大事です。そして、木を見て森を見ずな状態にならないためにも、朗読を欠かさずに行って、自分の懐に落とし入れたいものです。


コメント