アヴェ・マリア(J.S.バッハ/C.F.グノー、堀内敬三、弥生歌月)

歌曲

お待ちしておりました!

クリスマスの時期になると、クラシック界でよく歌われる歌のひとつに「アヴェ・マリア」があります。F.P.シューベルトが作曲したものがかなり有名ですが、今回取り上げるのはC.F.グノー版です。

まずは私が自らの訳詞で歌ったものを掲載します。

かなり難解な言葉を使ってしまいましたが、あとで原語の訳文に触れると意味が理解できるかと思います。

まずは、「アヴェ・マリア」の概要や原語版に触れてから、堀内敬三氏や私の日本語訳を見ていきたいと思います。

現代ではトラブル必至!?グノーの「Ave Maria」

C.F.グノーがメロディーを書いた「Ave Maria」は、一般的に〈グノーのアヴェ・マリア〉と呼ばれたりします。しかし今私がわざわざ “メロディーを” と付け加えたのには意味があります。

伴奏はJ.S.バッハの作品を もろパクリ!?

もうお分かり方の多いと思いますが、この歌の伴奏では、J.S.バッハの作品をほぼ丸ごとパクっています。その作品とは、『平均律クラヴィーア曲集』第1巻のBWV846のプレリュード(ハ長調)。

こちらです。演奏は 0:07 から始まります。

『平均律クラヴィーア曲集』は、演奏家を目指す若手に向けてJ.S.バッハが1722年に編み上げた、いわゆるバイブルのようなものです。その筆頭が、上記BWV846のプレリュード。あまりにも有名なので、この曲だけ単独で取り上げられることも多いですね。

その曲が作られた100年以上も後の1859年、C.Fグノーが当該プレリュードを使って、新たに歌詞とメロディーを付けて「Ave Maria」としました。

伴奏は補作されている

ただ、原曲のプレリュードを聴きながら歌のメロディーを口ずさんでいると、23小節目で合わなくなります。

実は、楽譜を校訂していたC.F.G.シュヴェンケが、音楽的なつながりを意識し、23小節目に1小節追加したものがあります。それだとメロディーを口ずさんでも合います。そう、C.F.グノーはそちらを使って「Ave Maria」を作ったのでした。

現代で同じことをするとトラブルに?

昔は、他者の作品を勝手に流用することは当たり前にありましたし、「Ave Maria」に至っては、原曲から100年以上の時を経てから作っているので、特に問題にはならなかったでしょう。

しかし著作権に厳しい現代で、まだ著作権が切れていない作品を無断で流用した場合、著作権法違反になりうるばかりか、著作者から訴えられてしまう事態にもなりかねません。偶然メロディーが似てしまっただけで訴訟に発展した事例すらあるほどです(ほぼいちゃもんだろう)。

さらに、著作権が切れていても、元の作品を勝手に改変されない権利(著作者人格権のひとつである同一性保持権)は無期限で保護されます。

もっとも、J.S.バッハの楽曲については、原曲を勝手にいじっても基本的には問題はないと考えられています(ただ、編者の手が入っているものには注意を要します)。とはいえ、作品への敬意は欠かせません。

原詞(ラテン語)

「Ave Maria」の原詞はラテン語の祈祷文です。

Ave Maria, gratia plena,
Dominus tecum,
benedicta tu in mulieribus,
et benedictus fructus ventris tui Jesus.
Sancta Maria,
ora pro nobis peccatoribus,
nunc, et in hora mortis nostrae.
Amen.

英語と異なり、ほぼローマ字読みでOK!ただし、ti は ツィ 、je は ィエ 、ae は エ 、in hora は イノーラ と読む点は特徴的といえます。が、何度も聴いたり歌ったりすれば勝手に覚えていきます。

【日本語訳(訳:弥生歌月)】

めでたし、マリア様。恵みに満ちし御方。
主は御身と共におられます。
御身は女性の中で最も祝福を受けられ、
ご高懐の御子イエス様も祝福されたお方でございます。
聖母マリア様、
どうか我ら罪びとのためにお祈り賜りますよう。
今この時も、そして死に臨む時も。
アーメン。
 

これは歌詞にできませんが、きちんと訳すとこんな感じになりました。歌に合うようにするとなると、難易度はさらに上がります。これについては後述します。

日本歌曲として

ここからは日本歌曲としての「アヴェ・マリア」のお話。まずは堀内敬三氏が訳したものをご紹介します。

堀内敬三訳

アヴェ マリア 
神の恵みに 満ちたる君
幸にあふるる君
おみなのうちに 君ひとりは
イエスが母となりたまいき
サンタ マリア
サンタ マリア
けがれしわれを あわれみたまえ
生くるこの日も 死するときにも
アーメン アーメン

原詞にほぼ忠実に訳されていますね。ただ、やはり日本語だと内容がだいぶ希釈されてしまいます。それは日本語が持つモーラに起因します。日本語は一語一語が間延びするのですよね。仕方ないです。

弥生歌月訳

アヴェ・マリア
神の御許(みもと)に めぐみ満ちて
女(おみな)の中にぞ
君 主なるイエス 孕(はら)みたまえる
讃えられ 寿(ことほ)ぎ受けます
サンタ・マリア
サンタ・マリア
マリア
我ら罪びと 我に祈りを
今このときも
さては死するときも
アーメン
アーメン

 

このように、私も訳詞に挑戦してみました!冒頭でお聴きいただいたものです。原詞にほぼ忠実に訳しています。なるべく内容を希釈したくなかったので、難しい表現をぶちこんで当て嵌めました。分からない単語は辞書を引いてくださいね。

気に入ってくださった方は、是非これで歌ってみてください♪(その際、訳者名表記をお願いします!)

“アヴェ・マリア” は氏名ではない

“アヴェ・マリア” という単語を氏名だと思っている方もいると思いますが、そうではありません。ave とは、めでたし とか ごきげんよう といった感じの意味の言葉。要は挨拶みたいなもんです。

だから、マリア様はアヴェさんでもアベさんでも阿部さんでも安倍さんでもありません。フルネームは不明ですし、そもそも当時のユダヤ人には、苗字等が無かったと思います。

もちろん、”サンタ・マリア” も氏名ではありません。sancta は、聖なる とか 神聖な という意味がある言葉です。

とっつきやすいが、意外に難しい

J.S.バッハ/C.F.グノーの「アヴェ・マリア」は、優美でレガートなメロディーであり、なんとなくとっつきやすそうに思えます。伸ばす音も多く、言葉の発音も難しそうには見えません。

ところがどっこい!いざ歌ってみると意外に難しいのです。

音域が比較的広い

「アヴェ・マリア」の音域は広いです。ハ長調の場合、最低音が低いソ。最高音は、そのソの1オクターヴと長6度上にあるミです。冒頭の動画ではキーを2つ上げてニ着調で歌っていますが、それだと最低音は低いラで、最高音はファ♯です。

発声のポジションを柔軟に変えないと、これだけの広さのある歌は歌いづらくなるし、ノドへの負担も大きくなります。

低い音は無理に出さない

低い音は、無理をして出そうとすると、かえって遠くに声が飛ばず、こもってしまいます。

低い音は何がなんでも真剣に歌う必要はなく、軽く歌えば良いですし、子音でカバーできる箇所もあります。そこに命をかけるよりは、フレーズを大きくとって全体的な流れを損なわないようにするほうが重要ですね。

また、歌いやすい調にキーを変える(移調する)のも手です。キーを上げると最高音も高くなりますが、声帯としては、低い音は制限が厳しい一方、高い音のほうがまだ出せるようになる可能性が高いです。

ブレスは計画的に堂々と

ブレスの位置が無計画だと、変なところで息を吸ってしまいます。特にこの歌は、ワンフレーズが長いところがあり、ブレスを取れる位置で取り損ねると、その後うまく歌えなくなるという事故が発生しかねません。

なので、言葉の意味を考えながら、ブレスの位置をあらかじめ決めてしまいます。しかも、保険的なブレスも用意しておけば安心です。

実際に歌うときは、ブレスは堂々ととります。多少次のフレーズの入りが遅れても構いません。そのためにも、歌うときはしっかり歌って息を消費する。息が無くなれば、ブレスの位置でおのずと空気が入ってきます。吐くこと命ですね!

最高音の勝負はその前から決まる

「アヴェ・マリア」のクライマックスは、最後に現れる最高音で歌い上げる箇所。堀内敬三氏の訳だと “いーーくるーー” のところで、私の訳だと “いーまーこのーー” のところです。

その歌い上げは、そこだけを狙おうとしてもダメで、そこに入る前から準備が必要です。具体的には、”いー” と伸ばすところで、すでにエンジン出力が上がった状態であるのが理想です。で、あとは勢い!……と少しの冷静さ。

ドラマティックに爆発的に歌う歌手もいますが、私はそのようにはせず、天に向かっての強いお祈りのイメージで歌い上げました。なので内面的なクライマックスになっています。

最後の “メーーーン” は余韻を残して

クライマックスではないけれど一番感動的なのが、一番最後の “アーーーメーーーン” です。”メーーーン” は長いので、息が続かなかったら早めに切り上げてしまえば良いと思います。

そんなことより大切なのは、”ン” の響き。これをきちんと発音はないと、”アーーーメーーー” となり、雨なのか飴なのか、別のものになってしまいます。しかも、 “ン” こそ天へとのぼる祈りです。聖堂だとホワ〜ンと共鳴するところ。最も美しいところなのです。

最後の最後の余韻まで意識的に鳴らすことで、この歌を感動的なものに仕上げることができます。

なお、”ン” は原語だと “n” です。”m” ではありません。そのため、口を開いてでも発音できる “ン” です。鼻に抜ける “ン” です。これがもし “m” の “ン” だと、うまく余韻が残らないので要注意ですね!

あー疲れた。今回はここまで。

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