野菊(石森延男、下總皖一)遠い山から吹いて來る…

唱歌・童謡

お待ちしておりました!

菊の出てくる歌はいくつか知っているのですが、ひょっとするとこれは有名な部類に入るかもしれません。

まずは私が歌ったものをお届けします。

ゆったりとしたテンポでおもむろに進んでいく歌ですね。編集中に眠たくなってうつらうつらしていたのはここだけの話。

では、私なりにお話をしていこうと思います!

秋のいつ?ばらけた設定時期

「野菊」を歌うときに思ったのは、この歌の設定時期がばらけているということです。まずは歌詞を掲載しましょう。

歌詞 

遠い山から吹いて來る
こ寒い風にゆれながら、
けだかく、きよくにほふ花
 きれいな野菊、
 うすむらさきよ。
 
秋の日ざしをあびてとぶ
とんぼをかろく休ませて、
 やさしい野菊、
 うすむらさきよ。
しづかに咲いた野べの花。
 
しもがおりてもまけないで、
野原や山にむれて咲き、
秋のなごりををしむ花。
 あかるい野菊、
 うすむらさきよ。

時期がばらけている原因

時期がばらけていると思う原因は、歌詞の中の以下の単語です。

  • こ寒い
  • とんぼ
  • しも
  • 秋のなごり

ひとつずつ見ていきましょう。

こ寒い

“こ寒い” は小寒いこと。うすら寒いとか、なんとなく寒いとか、そんな感じの意味です。秋口から晩秋にかけて使われることが多い気がします。なお、1月に小寒(しょうかん)という節気がありますが、それは無関係でしょう。

とんぼ

“とんぼ” は、もちろんトンボです。トンボは秋の季語で、たしかに秋のイメージが強いかもしれません。が、春から秋にかけて見かけ、特に晩夏から初秋に多く飛んでいるように思います。私はトンボが大嫌いなので、飛んでいたらすぐに分かります。

しも

“しも” は、もちろん霜です。霜が降りるのは晩秋から冬で、冬の季語です。地域にもよりますが、最近は季節の変化が昔とは変わってきており、暦上冬になっても霜が降りないことがありますね。

秋のなごり

晩秋に見る残りわずかな秋を、秋の名残といいます。汚い言い方すると、秋の残骸。霜が降りる頃に秋を惜しむわけなので、3番では晩秋から冬への過渡期あたりを描いているように思います。

野菊

肝心な単語を忘れていました!タイトルにもなっている “野菊” です。野菊は秋の季語で、花期は8〜11月とされています。となると、トンボの飛ぶ2番の歌詞は、私には初秋のイメージがあります。

2番だけ過去を描いている?

1番と3番では寒さを感じますが、2番だけは暑さを感じます。私の感覚だと、1番は秋中盤〜晩秋で3番は晩秋〜初冬というように晩秋が共通項ですが、2番だけはどうも初秋という早さを感じます。

となると、2番はもしかして過去の野菊を描いているのかもしれません。そう考えると、秋というひとつの季節をたくましく生き抜いてきたというストーリーが浮かんできます。

野菊のような人間でありたい

冬に差し掛かってもなお、野菊は明るく咲いています。冬というのは終わりを暗示する季節でもありますが、この調子だと冬も当分生きながらえそうですね。霜にも負けないたくましい野菊です。

からだが弱り切ったまま生き延びたり植物状態で生き延びたりするのは御免ですが、現役さながらに元気であり、かつ人々にも優しくできるなら、もっともっと先の未来まで体験したいと私は思っています。

晩秋から初冬にかけて使える時候の挨拶に「残菊の候」というものがありますが、私はこのことばが好きです。私もそのような人間になりたいですね。なお、残菊は唱歌「庭の千草」にも登場します。

そもそも野菊とは

野菊野菊と言うけれど、野菊って一体何でしょうか?

野生の菊?

辞書的には、野菊とは野生の菊のことをいいます。

野生の菊と言ったって種類は色々ありますが、今回の唱歌「野菊」に至っては、薄紫色で群れて咲くとのことです。

いわゆる “菊” ではなさそう

菊というと、キク科キク属のものをイメージすることが多いです。タンポポに似た黄色い花ですね。皇室の紋章や仏家として有名です。これが狭義的な菊だと思います。

たしかに薄紫色のものもあるようですが、日本の菊に野生種というものは無いらしい。奈良時代に中国から伝来してきたものがルーツになっているみたいです。

私自身あまり植物には詳しくないのですが、ちょっと今回の歌のイメージには合わない気がします。いかがでしょうか。

ヨメナ?ノコンギク?それとも…

広義的には、菊に似た花も菊と呼ぶようです。これらには、薄紫色のものや野生と呼べるものも多いらしい。たとえばキク科シオン属のヨメナやノコンギクもこの類。

私にとっては、「野菊」の歌のイメージはこちらの菊のほうがしっくりきます。だから動画にもそういった菊を載せました。もちろん異論は認めます。

植物も動物も、いわゆる雑種というものは強いそうです。一見地味ですが、よく見るとそれぞれに特徴があり、たくましくもありますよね。「雑草にもちゃんと名前があるんですよ」と言っていた中学時代の理科教師を思い出します。

子どもにはちょっと難しい歌

この歌は、四分音符=54。60だと1秒刻みになるので、それよりも少し遅い。2/4拍子なのでパッと見は速そうな譜面ですが、実際はけっこうゆったりとしたテンポといえます。

息継ぎを計画的に

「野菊」は1942(昭和17)年に『初等科音楽1』に掲載されましたが、子どもたちはどのように息継ぎを入れ、どれほどの安定感で歌えたのでしょう。

それはともかく、息を吸う場所はあらかじめ明確にしておきたいものです。2小節単位で吸うか4小節単位で吸うか……。2小節単位だと息は楽ですし吸っても良いのですが、4小節単位でひとまとまりだ!という意識を持つほうが、音楽的語感が良くなります。

“けだかく” で垂れ流せ!

9小節目(1番だと “けだかく” )では、ドの音から1オクターヴ超の坂道を大股で一気に上がっていきます。

歌の経験がおありの方ならそこまで難しくはないですが、子どもたちには大変な音域です。大人であっても、ある程度練習しないと、高い音でノドを絞め付ける羽目になります。

ここはもう、怖気付かず、しっかり駆け上がっていくしかありません……と言いたいところですが、むしろ、音が低→高になるに伴って、声を上→下へ垂れ流して出していく感覚のほうが、高い音でノドを絞めにくくなります。

この方法はあらゆる歌で応用が利くので、やったことがない方は是非お試しください!

1番と2番と3番とで表現は変わる

どの歌でもそうですが、1番と2番と3番とを同じような表現で歌っては芸がない!というか、「あなた歌詞をまったく理解していませんね。それは作者への冒涜ですよ」と厳しい先生から指摘を受けてしまいます。

まあ、それは言い過ぎですが、歌詞をしっかり理解することで、表現の仕方は変わってくるはずです。歌というのはことばを歌うわけですからね。

ただ、発達障害である私は、歌うというマルチタスクに慣れるまで随分と時間がかかったものです。歌詞を理解するだけではいけなくて、イメージし、表現したいことを発声へと変換します。そのうえで音楽の様式美も意識する必要があるので、一筋縄にはいかないのですよね。

そのために練習を重ねるわけですね。

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