夕日がせなかをおしてくる(阪田寛夫、山本直純)

唱歌・童謡

お待ちしておりました!

11月ももう最終日。だいぶ寒くなってきました。起きるのも着替えるのも億劫な季節です。しかし、日中はまだまだ暖かさが感じられ、木々の葉の赤や黄色も、夕方になると美しく映えますね。

今回は、童謡「夕日がせなかをおしてくる」についてです。まずは私がひとりで二部合唱したものを掲載します。

イラストはAIに作ってもらいました。4人の子どものデザインやシーンを私が考え、それを具体的に指示して作ってもらうわけですが、それがなかなか難しくて何度もやり直ししました。

まあそれは良いとして、早速解説に入っていきたいと思います。

歌の情景や解釈など

都合により本ブログには直接歌詞を載せられないため、上の動画で確認いただきたいと思います。ただ、内容としては非常に分かりやすいものであり、情景をイメージしながら歌うにはうってつけの歌だと思います。

また、東京書籍の『新しい国語 3上』などにも掲載されているので、もし小学生3年生くらいのお子様やお孫様がいらっしゃったら、ちょっと見せてと頼んでみても良いでしょう。

情景

空が真っ赤に映える夕暮れどき、沈みかけの太陽は金色にギラギラと輝きます。その様子は本当に美しく、大きなエネルギーを感じます。日中の日光とは違い、やや目線と同じ高さからストレートに光がやってきます。その光は、強いながらも、どこか優しい。そして儚さも感じます。

夕方はなぜ切ないのか

真っ赤に染まった夕方を、切ないなあと感じたことはないでしょうか。一日の終わりは夜で迎えることになりますが、夜よりも夕方のほうが、一日の終わり感をひしひしと感じます。

というのも、夕方は、動的なイメージのある昼から静的な夜への移り変わるタイミングだからでしょうか。この 動的⇒静的 のグラデーションに、あの赤や黄色の美しさが加わり、私たちは切なさを禁じ得ないのだと思います。

特に大人は、そのグラデーションを、人生経験を載せながら感じます。子供から大人への過渡、そして生から死へのカウントダウンなど。少なくとも私は、歳を重ねるごとに、そういったものを強く感じるようになってきています。

歌詞の解釈と感想

今回の「夕日がせなかをおしてくる」では、上に書いたような切なさを意図しているか否かは不明です。しかし、そんなグラデーションの中にくり広がる子どもの帰路を描いていると見ることができます。

今日は色々あったけど楽しかったね!ああお腹すいた!家に帰ったら晩ご飯が待ってるぞ!……そんな子どもの声が聞こえてきそうです。

そしてこの歌の特徴は、夕日には腕も口もないのに、まるであるかのように描いているところです。これを擬人化(ぎじんか)といいます。はたから見ると、子どもたちの小さな背中を、でっかい夕日と真っ赤な空が本当に押しているかのように見え、声が も聞こえてきそうです。

ただ、そう感じているのはあくまで観察者(おそらく大人)であり、実際に子どもたちが感じているかどうかは不明なんですよね。子どもたちが太陽に向かって怒鳴るシーンがありますが、本当に太陽に向かって怒鳴っているかは分かりません。ただ単に別れの挨拶かもしれないし喧嘩していただけかもしれません。でも観察者には、太陽に対抗しているようにも見えたのでしょうし、その光景を見て自分の子どもの頃を思い出していたのかもしれません。

小学生が国語の時間に習うとはいえ、きっと児童よりも教師のほうがこの詩に感動するような気がします。子どもでも想像力が豊かな子や特別な事情がある子は色々思いをめぐらすのかもしれませんが、大人がこの詩を読んだときの切なさや懐かしさは、言葉では表現しきれないほどの深いものがあります。

私は、読んでいても歌っていても、胸がキューっとなってきます。あの頃に戻れたらいいな……なんて少し思ったりもしました。でも思い出は、思い出だからこそ美しいのだと思います。

今でも、夕方とかに散歩していて、住宅のほうから晩ご飯を作っているいい匂いが漂ってくると、思わず子どもの頃を思い出します。夕日も「くよくよするな。私が見守ってやるから」と背中を押してくれる時もあります。

昭和も平成も令和も変わらぬ夕日

「夕日がせなかをおしてくる」は、1968(昭和43)年7月にNHK『みんなのうた』で、東京放送児童合唱団の歌唱により発表されました。それ以来、日本では絶えず歌い継がれ、今でも国語の教科書に載るほどです。

童謡とかって、古いものだと情景が現代とアンマッチなことが多いです。しかしこの歌は、昭和も平成も令和の今も変わらぬ情景を描いているように思います。

子どもが外で遊ぶことが減ったと言われていますが、少なくとも学校や塾などからは自分の足で帰宅することになります。ふと西の空を見上げると(いや、見上げなくても)、そこには夕日が広がっている。昔も今も全く変わらぬ自然の摂理ですね。

どんな時に夕焼けは赤くなるのか

夕方といえど、必ずしも夕焼けが赤くなるとは限りません。薄く黄色が広がるにとどまることもあります。では、いったいどんなときに、迫力のある赤色が見られるのでしょう。また、夕焼けが真っ赤になると翌日は晴れになるという噂もありますが、本当でしょうか?

まず、夕焼けが赤いのは、光の色の性質によるようです。光にはいろんな色の成分が含まれていますが、赤色は波長が長く、散乱しにくい性質を持っているそう。太陽が低い位置にくると、私たちのところまで日光が届くとき、赤色より短い波長の色(光)は散乱してしまい、結果、ほとんど暖色しか届かないのだそうです。

だから夕焼けは赤いことが多いのですが、実際、空気の汚れが強かったり、湿気が多かったり、雲が低かったりすると、そこまできれいな赤にはならず、オレンジや黄色っぽく見えるようになるみたいです。

湿気がなくスッキリしているときは夕焼けが赤くなりやすいということで、その逆は、夕焼けが赤くなるときは湿気が少ないケースがあるということになりますが、これが要は、夕焼けが真っ赤になると翌日晴れやすくなる要因のようです(ただし、絶対そうなるわけではない)。

作詞者と作曲者について

作詞者は阪田寛夫(さかたひろお)、作曲者は山本直純(やまもとなおずみ)です。どちらも非常に有名な歌を書いている方なので、ここでご紹介しておこうと思います。

作詞者:阪田寛夫

  • サッちゃん(作曲:大中恩)
  • おなかのへるうた(作曲:大中恩)
  • 歌えバンバン(作曲:山本直純)
  • ねこふんじゃった(作曲者不詳)
  • エーデルワイス(作曲:R.ロジャース)
  • ともだち賛歌(作曲:アメリカ民謡)
  • マーチングマーチ(作曲:服部公一)  など

作曲者:山本直純

  • 一年生になったら(作詞:まど・みちお)
  • こぶたぬきつねこ(作詞:本人)
  • 歌えバンバン(作詞:阪田寛夫)
  • 8時だョ!全員集合 ※番組用音楽
  • 男はつらいよ ※劇伴
  • ビルマの竪琴 ※劇伴  など

以上のように、多くの方が知っている歌や音楽を書いていらっしゃいます。山本直純は、実に多くの劇伴音楽を書いており、テレビ界でも幅広く活躍されました。

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