お待ちしておりました!
秋雨のそぼ降る日。やや肌寒く感じるので、早くも電気ストーブにあたりながら筆を取りました。と思いきや、翌日には夏日!皆さま、気候の変動にともなう体調不良にはくれぐれもお気をつけください。
今回は、童謡「夕燒小燒」です。早速私が歌ったものを2種類お聴きいただこうと思いますが、まずは編曲されたものからです。
●編曲版
なんとも抒情的な作品ですよね。ただ、原曲の雰囲気はここまで感傷的ではありません。原曲は下記です(キーは上げています)。
●原曲(ただしキーは短3度上げている)
原曲は溌剌さがありますね。
では、順を追って解説をしていきたいと思います。
歌詞 および 原詩とされるもの
童謡「夕燒小燒」は、1922(大正11)年に作曲され、翌年に『あたらしい童謡』(大半焼失)という楽譜に掲載されましたが、原詩とされるものは1919(大正8)年頃に書かれたといわれています。
まず、原詩より先に、歌としての歌詞から見ていきましょう。
歌詞

『草川信童謡全集』第1輯より
夕燒小燒で日が暮れて
山のお寺の鐘が鳴る
お手々つないで皆歸らう
烏と一しよにかへりませう。子供が歸つた後からは
圓い大きなお月さま
小鳥が夢を見る頃は
空にはきらきら金の星。
作詞者は中村雨紅(なかむらうこう)。初見だとなかなか読みづらい名前ですね。
2番の “お月さま” については、1931(昭和6)年の『草川信童謡全集』第1輯に掲載された楽譜や、当該全集に掲載の自筆譜では “お月さん” となっています。つまり原曲では “お月さん” だったのです。私が冒頭でご紹介した原曲版でも、もちろん “お月さん” と歌っています。
原詩とされるもの
1919(大正8)年頃に書かれたといわれる原詩とされるものは、以下のとおりです。
夕燒小燒で日が暮れて
山のお寺の鐘が鳴り
小鳥は森へ皆歸る
子供も急いで皆歸る。子供が歸へると後からは
圓い大きな月が出る
小鳥が夢を見る頃は
空には金星銀の星。
この原詩とされるものは、発表されたものではなく原稿にすぎません。のちにこれを推敲したことで、前項でお伝えした歌詞が誕生しました。
どこの情景?
『ちょっと気になる八王子マガジン』No.55(2023年)の特集「夕焼小焼と八王子」に、どこの情景を描いたものかが書いてありますので、引用してご紹介します。
雨紅が日暮里小学校で教壇に立っていたころ、恩方地域にバスはまだ通っておらず、実家に帰るためには八王子駅から4里、16キロメートルの道を歩いていました。道すがら、ちょうど陣馬街道の切通し辺りで日が暮れて、家路につく子どもたちの姿とともに、恩方方面に夕焼けが見えたことがあったそうで、この情景が「夕焼小焼」の原風景になったと後に雨紅は語っています。
なんとも風情のある景色が浮かんできます。余談ですが、実家までの16kmを歩いたというのはなかなか凄まじいですね!
また、歌詞に登場する “お寺” とはどこか。先述の特集の中には “明確な答えはありません” と書いてありました。まあ、答えを知ったところでどうかなるわけではありませんけれど……。
原曲の分析

『草川信童謡全集』第1輯より
YouTube等で「夕燒小燒」の動画をいろいろ視聴すると、残念なことに原曲による演奏は少ないです。しかし原曲には作曲者本人の工夫があり、それを無視してはいけません。
意外にテンポが速い
この歌のイメージは、どこかゆったりとした感じ。そう思う方は多いと思います。
しかし実際は違っていて、原曲の指示テンポは 四分音符=84 。しかもこの歌は4分の2拍子。実際にメトロノームを鳴らして歌ってみると意外に速いです。
つい感傷に耽って歌いがちですが、そのテンポだとむしろ元気溌剌な感じがします。前向きな気持ちで歌っていくのが良いと思います。
前奏や間奏の低音は鐘の音
前奏の一発目の音は、低音の単音を長く伸ばすだけのものです。これは遠くからお寺の鐘の音がゴーンと聞こえてくる様子を描いています。間奏にも同様の音がありますが、もちろんそれも鐘の音です。
現代ではお寺の鐘の音を耳にする機会が減りましたが、昔は時刻を表すためのアラームのような役割がありました。今でも、田舎に行けば、夕方の酉刻などに聞かれることがあります。
ちなみに、前奏一発目に低音を単音で鳴らすのは、バロック音楽などでもよく見られます(そして即興的に和音等を使って弾かれることも多い)。しかしバロック音楽の場合は意味が異なり、その曲の調性感の提示や始まりの合図など、指揮的役割を持っています。
前奏の ウタタタ タタタタ で広がる夕方
鐘の音が聞こえた後は、八分音符の連続とクレッシェンドで、1番では夕方が広がりを見せ、2番では夜が深まります。
間奏では時間が進む
間奏では、タリラリラリラ と高い音の八分音符の和音が使われていますが、これは次第に夕方がキラキラと淡くなっていく様子です。そのため華麗に弾くべき箇所ですし、時間の進みを感じさせるかなり重要な役割を担っています(しかし冒頭の演奏では、録音当時の私の音声調整技術が劣っており、機械的な鋭さが残ってしまっています……)。
なお、冒頭に掲載した編曲版では、原曲の間奏とが大きく変えられてしまっていますが、少しだけ似たような音づかいが出てきます。原曲へのリスペクトを感じました。
タリラリラリラの進みゆく時間の先では、ゴーンとお寺の鐘が鳴り、ついに夜になって2番の歌へと入っていきます。
改変伴奏について
今から注目していただきたいのは、”お手々つないで皆歸らう” のところの伴奏。下図の原曲自筆譜コピーでいうと水色で示した箇所です。

『草川信童謡全集』第1輯より
伴奏には歌のメロディーが出てこず、右手は分散和音のような形、左手でベースを弾くことになっています。しかし、今世の中に出回っている多くの楽譜では、下図の赤色で示したところのようになっています。

『日本童謡唱歌全集』より
あら、こちらは右手はメロディー、左手は動くリズムとなっています。原曲とは大きく異なっており、弾いたときの印象も、原曲ではパワーがあったのに、こちらは少し可憐な感じになっています。
いつぞやの出版の段階で改変されたのだと思います。誰がどういう理由で改変したのかは分かりませんが、私は原曲の伴奏のほうこそメリハリがあって好きです。
上記以外にも微妙に異なる箇所がありますから、興味がある方は調べてみてはいかがでしょうか。
【おまけ】防災行政無線チャイム
さてここからは、童謡「夕燒小燒」と防災行政無線チャイムを絡めたお話です。
「夕燒小燒」というと、声に出して歌った経験より、夕方の町でどこからか流れていたのを聴き、どことなく切なく感じたことがあるという人のほうが多いような気がします。
その〈どこ〉というのが、そう、防災行政無線です。地域のどこかに支柱が立てられ、高い位置にスピーカーが付いていると思われますが、それのことです。まあ、普段よほど意識していないとまず気づきません。
防災行政無線とは、その名の通り、防災情報を地域に流すためのもの。メジャーなところでいうと、防災の日(9月1日)などに緊急地震速報の訓練放送が流れたりします。
防災ということは、いざというときにきちんと鳴らなければ意味がありません。そのため、チャイムを鳴らして点検する必要があります。その点検方法の一つが、音楽を流すというものです。
その音楽には色々ありますが、今回の「夕燒小燒」が有名かもしれません。ほかには、「故郷」、「久しき昔(ロングロングアゴー)」、「野ばら」、「エーデルワイス」、「家路(遠き山に日は落ちて)」、「恋は水色」、「グリーンスリーブス」など色々です。季節によっても変えるところがありますね。時刻は17時か18時あたりが多いかと思います。正午に鳴らすところもありますね。
しかし、最近は騒音問題に敏感になっているため、音楽を流すのを特定の曜日だけにしたり、音楽を流すことを廃止したりする行政区も少なくありません。デジタル機器の普及により、スピーカー自体を廃止する行政区もあります。
時代の流れは仕方がありませんが、夕方に町内に響き渡る音楽を聴いて一日の余韻に浸るのもなかなか趣深かったので、減っていくのは寂しいですね。
最後にひとつ「夕燒小燒」のチャイムを聴いて、今回は終わりにしましょう。
なんだか、家に帰ったら、母の作ったあったかい料理が待っていそう……そんな気分になりますなあ。


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