お待ちしておりました!
いつもは歌の解説をすることが多いですが、ABEMAの動画で興味深いテーマがあったので、それに関するお話をしていきたいと思います。
そのABEMAの動画がこちらです。おそらくダイジェスト版かと思われますが、けっこう刺激的な内容ですので共有します。
ただし、これから音大に行きたい人で、”夢だけ見ていたい方” は観ないでください。モチベーションの低下につながりかねません。現実も把握したいという方だけご覧ください。
なかなか深いテーマですよね。これから音大に行きたいと思っている子どもや親御さんにとっては、将来が不安になるようなテーマかと思います。
では以下、音大卒の私の現在の価値観で、音大に行きたい(=進学したい)という人や関係者に向けて、辛口メッセージを、温和な心持ちでお伝えしていこうと思います。
音大に行ったら食えないのか
音大のお話をするときに必ずと言って良いほど話題に出るのが、卒業後に食っていける(=経済的に自立できる)かどうかというと。
結論から言います。
音楽家としてはまず食っていけないが、それにこだわらなければ食っていく道はある
です。どういうことか、詳しく説明していきましょう。
音楽家としてはまず食っていけない
音大を出たら音楽家として活躍したい!と考えている方は多いでしょう。その夢を抱くことは、音大に行く以上必要不可欠。その気概、私は好きです。
しかし、それしか考えていないなら危険です。現実は厳しく、音楽の仕事はこの日本に多くありません。統計を追っているわけではないので肌感触にはなりますが、私を含め、私の同期の知る人は皆、音楽家として生計を立てているわけではないようです。
実に悲しいことですが、これが現実です。
「天下の東京芸術大学なら大丈夫!」ということもありません。音楽の仕事そのものが日本には少なく、奪い合いですし、さらには権力の強い指導者による贔屓(ひいき)もまだまだ残っている世界です。そういった世界で音楽家として生き残るのは、努力だけではどうにもなりません。
仮に音楽の仕事を見つけても、単発だったりします。会社員のように雇われて働く場所がかなり少ないため、安定した収入を得ることは至難の業です。
「自分ならできる!」
その思いは大切ですが、現実から目を背けたいがためにそう思い込むことにしているなら、それは後々泣きを見ることになります。
こだわらなければ食っていける
身も蓋もない言い方かもしれませんが、音楽家の道にこだわらなければ食っていくことはできるでしょう。今は人手不足の世の中ですし、きちんと戦略を練れば仕事は見つけられると思います。
ただ、それだと「わざわざ音大に行く必要はあるのか?」という疑問がわいてきますよね。その答えについてはまた後述しますが、音大に行きたいなら、進学を検討してみても良いと思います。
でもまず先に、音大を出た後の働き方について見ていくことにしましょう。
音大卒業後のいろいろな働き方
音大卒と一口に言っても、実は道はたくさんあります。音楽家一本しか見えていない人は、是非視野を広く持って、あらゆる可能性を考えてみましょう。
専業音楽家
先ほどの繰り返しになりますが、専業音楽家としての働き方があります。ただ、この道は茨の道。専業として食っていくには、自分を売り込む営業力はもちろん、演奏スキル、ビジネス力、自分の専門分野の裾野を拡げる力など、いろいろなノウハウが必要となります。
ときに、権力者たちの言いなりになったり、忖度(そんたく)をしなければならなかったりすることもあります。常に自分のこだわりを貫き通せるのが理想かもしれませんが、我慢しなければならないこともあり、音楽家だからといって自由気ままに活動できるとは限りません。
今この時点で、「お前の言っていることはおかしい」として聴く耳を持てない場合は、将来のプロ活動の中でも他者との干渉が起こり得ます。柔軟な姿勢が必要です。
副業音楽家
専業につづきそう多くはないですが、副業音楽家もいます。仕事をほかに持ちながら、休日などを使って音楽の仕事をする人のことです。
その “ほかに持つ仕事” についてもいろいろあり、たとえば音楽とは関係のない仕事でのパートやアルバイト、音楽教室講師、音楽教室の経営者などです。
しっかり安定した収入を得るには正社員が良いのかもしれませんが、多くの会社では副業禁止あるいは許可制になっていると思うので、そのあたりは要注意です。公立小中学校や高校の正教員も副業禁止。副業したいときは許可を得なければなりません(逆に言えばやれるチャンスがある!)。
ちなみに、かなり狭き門ですが、大学教員をしながら音楽活動をしている人もいます…というか、私が通っていた音大の先生の多くはそうでした。
非音楽家
あまり現実的な事ばかり言うのは心苦しいですが、一番多いのは非音楽家でしょうか。副業として音楽活動をせず、やったとしても趣味で活動するにとどまる人のことです。
たとえば、学校教員をしながら休日に演奏ボランティアをしたり、会社員をしながらSNSに演奏動画をアップしたり、あるいはまったくと言っていいほど音楽の世界から離れて別の仕事に没頭していたりと、さまざまです。
私も現在はこの類の人間です。YouTubeに動画を上げていますが現在収入なし。声楽レッスンも細々と開催していますが稼ぎは微々たるもので、収入の中心は非音楽系の仕事です。
音大卒業後の就職先
生きていくためには就職先が気になるところと思いますが、就職先もさまざまです。
最も多いのは中小企業ではないでしょうか。業種や職種も、事務、福祉・介護、製造、建設、アパレル、流通などいろいろ。音楽しか興味がない人にとっては絶望的に見えるかもしれませんが、これが現実です。ちなみに、私の旧友の2人ほどは葬祭の仕事に就いていました(今はどうか知らない)。
では大手はどうか?
もちろんあり得ますが、大手はただでさえハードルが高いのに、音大生ともなると、採用担当者が「なぜ音大出身なのにウチに?」と疑問を抱くことでしょう。中には「どうせ音楽馬鹿だろう」という偏見を持つ人もいるはず。つまり音大出身は不利になりやすい。しかし就職対策次第では乗り越えることも不可能ではないと思います。
あと、音楽をどうしても生かしたい!というのなら、音楽制作会社、楽譜出版社、楽器店、楽譜ショップ、自衛隊音楽隊、警察音楽隊、消防音楽隊、交響楽団、劇場スタッフなどもあります。ただ、基本的に狭き門でしょう。
おまけですが、食いっぱぐれのない仕事として看護師があります。音大を出た後に看護学校に行って看護師免許を取った人もいるとかいないとか、ちょっと耳にしたことがあるようなないような…。
どの専門分野でも同じこと
よくよく考えてみると、こんな先入観がありませんか?
「音大に行った以上は、音楽家になるべきだ」
…実は私も昔はそう思っていました。私だけではなく、まわりの大人もそのような価値観を持っていました。だからこそ「音大に行って何になる!」という批判も出てきたわけです。
しかし、本当にその価値観は正しいのでしょうか?
いや、価値観なので、どう思おうが本人の自由です。音大に行ったらプロになるべきだと思うのならそれは否定しませんし、実際そういう野心は大切です。…が、もう少し柔軟に考えてみますと、別に音大に限った話ではないのです。
たとえば法律学部に行って法律家になる人はほんのひと握りでしょう。経済学部に行って経済学者になる人もそう。物理学部に行って物理学者になる人もそう。英文学部に行って英文学者になる人もそう。出身学部と仕事が一致することが多いのは、医師、獣医師、看護師、教師くらいです。あと、工学部とかは工業系の会社に行く人も多いですね。
そんなもんです。学部と仕事が一致しないのなんて自然なことです。当たり前です。大学は職業訓練校じゃないから。大学は高等教育機関であり、学問をきわめる機関でもあるからです。
わざわざ音大に行く意義
大学は、本来学問をきわめるべき場所です。職業訓練校みたいになっている現代の大学事情ですが、それは本来の姿ではないと私は考えています。
それを前提にすれば、わざわざ音大に行くことの意義は、若き4年間を朝から晩まで音楽の研究にあて、音楽を通してこの世界を見つめる目を養うことにあります。
音楽を通して世界を見つめる
哲学的なお話になってきましたが、これこそ真理だと思います。学問が何のためにあるのか?と考えたとき、それはその学問で得た知識やインスピレーションなどを通してこの世界を見つめて働きかけていくため、ということになると思っています。
「だったら音楽じゃなくても良いじゃないか」という声も出てきそうですが、いや、自分のフィーリングに合わないことをしても仕方ありません。音楽が好きなら、音楽や音楽関連学問を通して世界を見つめたいものですよね。
今後音大に行きたいという人は、「単に音楽に触れられれば幸せだ」と思うだけでなく、その先にある世界を見て音大を目指すべです。逆に言えば、そこまでの音楽愛がないなら、進学はオススメしません。
音大で人間力を養う
音楽は軽く見られがちですが、実は音大では人間力を幅広く養うことができます。ざっと上げると以下のとおり。
- コミュニケーションスキル:音楽するうえで他者との関わりは切っても切り離せません。師匠や仲間との報連相はもちろん、共演者との交流、偉い人との接し方など。私は声楽専攻だったため、専門の授業で表現法をたくさん学びました。私は発達障害を持っているため、音大で学んだことはソーシャルスキルトレーニングにもなりました。
- マナースキル:人前に立つときの所作や歩き方、目上の人や先輩との接し方やメールの書き方、芸歴が長い方に対するリスペクトなど。芸の世界はマナーに厳しいので、否が応でもマナースキルが磨かれます。
- セルフマネジメントスキル:本番までの計画を立て、逆算して練習や稽古に励みます。その中でモチベーションが下がることもあるし、「私にはできない!」とやけっぱちになることもあります。体調も常に安定するわけではありませんが、最高のコンディションで本番を迎えるよう努めます。
- 表現スキル:人前で演奏するという経験を通し、自己表現する方法を体得します。また、人前に立つことへの度胸もつきますし、どうしたら相手にうまく伝わるか?ということを当たり前に考えるようになります。コミュニケーションスキルにもつながりますね。
以上はあくまで例ですが、座学や机上の研究だけではない音大生の特権だと思います。
思い出として考えたときも、そりゃ苦い思い出もたくさんありますが、社会人になってから「あのときの経験が役に立った!」「あれは今思えば素晴らしい思い出だ!」と思う瞬間はたくさんあります。
私は元々座学が好きで理屈っぽい性格ですが、音大に行ったことで、歌うことはもちろん、感情表現強化や感性練磨をすることができました。発達障害の私にとって、濃密なソーシャルスキルトレーニングになったと思います。
芸術をきわめる
繰り返しになりますが、大学は職業訓練校ではありません。学問をきわめる場所。つまり音楽大学は、音楽すなわち芸術をきわめる場所です。
もう一度言います。
芸術をきわめる場所です。
先ほど、音楽を通して世界を見つめるといいましたが、実はそれをも超越する意義こそが、芸術をきわめるということ。
ここでいう芸術とは、ことばでは言い表すことのできない宇宙。人智を遥かに超えた存在です。かなり大袈裟にいうと、芸術は商売とは何億光年も遠い位置にあるものです。そりゃ稼ぐこととは縁が遠くなりやすいわけです。
だから芸術の真髄を求めれば求めるほどそれで食っていくことが難しくなり、商売主義になると芸術から遠ざかりやすくなるのです。芸術をやりたいが稼ぎも欲しいという大きな葛藤が生まれます。
でも、芸術にみっちり触れられることは幸いなことだとと思いますし、尊いことです。もし音大に行ったら、そのことを誇りに思って日々通ってください。
気になる点は、やはりお金の問題
音大に行く意義を考えるときにいっしょに考えるべきなのは、やはりお金の問題。宇宙なる芸術を学ぶ場所なのに、現実として、音大もお金の取り巻く社会の中にあります。中高生にとっては少し遠いお話かもしれませんが、よくお読みください。
イニシャルコスト(はじめにかかる費用)として、楽器代、練習環境代などがあります。ランニングコスト(定期的にかかる費用)として、楽器や部屋のメンテナンス代、衣装代などがあり、プライベートレッスンを受ける際には、決して安くないレッスン代や交通費もかかります。レッスン代はピンキリですが、中にはぼったくり価格の先生もいます。
音大に行くとなると、さらに高い学費がかかります。国公立ならまだ一般的な価格に準拠していますが、私立となると、一年に数百万という莫大な費用がかかりかねません。ざっくり、4年間で1,000万円といわれたりもします。だから奨学金を “借りる” 人もいます。
そこまでして音大に行く意義はあるのかと考えたとき、あなたならどう答えますか?じっくり考えましょう。そしてあなたなりの答えを出すことに意味があります。
答えはひとつではないと思いますし、「意義はない」とする考え方もあって当然だと思います。ただ、外野がとやかく言うことではないですね。
音大に行ってもやるべき音楽以外のこと
国公立ならまだしも、特に私立の音大には、音楽以外の勉強は二の次だという人が多いでしょう。いや、国公立であっても、音楽だけで生きていくんだ!と考えている人は少なくないでしょう。
しかしその考え方は、可能な限り改めたほうが良いと思います。情熱は持っても良いですが、それしか考えずに行動するのは無謀です。
学問は相乗的
学問、あらゆる学問が結びつき、相乗的に昇華していくのですよね。たとえば栄養をとるとき、ビタミンCのサプリだけをのんでも効果は限定的。やはり野菜や果物といっしょに肉や魚も食べるから、栄養効果が発揮されるのです。
音楽も同じです。音楽を軸に学びつつも、語学、歴史、科学、社会など、あらゆることに目を向けることが大切といえます。だからこそ、より深く、より多様な表現ができるようになるのです。
就職対策や社会人対策も忘れずに
音大にいると、音大マジックにかかってしまいます。まわりが音楽にあふれていて、みんな音楽の話しかしない。すると、それがいつしか当たり前かつ自然な事になるのです。
しかし、そんなお花畑にいても、外の世界に出れば厳しい現実が待ち受けています。だからその後の進路について対策を打つことは必須です。学問をきわめることとは別なのです。
やるべきことの例をざっくり挙げると、
- 就職情報に広く目を向ける
- 少しでも気になる会社説明会に参加する
- 音大で学び得たことをどう社会や会社に活かしていきたいかを考える
- 音楽以外の自己分析を徹底的に行う
- 一般教養や時事も積極的に取り入れる
- 資格(日商簿記、ITパスポートなど)を取得する
などがあります。早いうちからやって損はないと思います。
再度お伝えしますが、音楽家として食っていくことは至難の業です。いくら才能があっても音楽家一本で生きていくことは大変なこと。全世界や全国で放映される映画の主役を一生担うようなものです。
その地位しか目指さない!という決死の覚悟をお持ちなら就職活動は不要かもしれませんが、そうであっても、ある程度の勉強は必要でしょう。
そうそう!資格は日商簿記3級(就職勢は2級)の取得を強くオススメします。これは汎用性が高くて知名度も高く、信頼性の高い資格です。社会人としての最低知識です。音楽家一本でいこうとも、立派な社会人ですから。
ほか、ファイナンシャル・プランニング技能士とかもお金にまつわる人気な資格ですが、簿記に比べたら優先度は低いですね。また、現代はITの時代ですから、ITパスポートも受験すると良いと思います。ITを使えないと、この先時代に置いていかれます。
音大卒を武器にしよう
『「音大卒」は武器になる』という本があります。著者は、冒頭のABEMAの動画にも出演されている大内孝夫さんです。10年ほど前の本ですが、今でも参考になる内容だと思います。気になる方は読んでみると良いでしょう。
その本のタイトルを借りますと、音大卒はたしかに武器になります。
ただ、武器にする方法を知らないと宝の持ち腐れです。これから音大に行きたい人は、ぼんやりと大学生活を過ごしてはいけません。好きなことができて楽しい気持ちになりますが、現実にも目を向けて、音楽をどう自分の人生に生かしていくかを常々考えましょう。
たくさん悩むことも出てくると思いますが、臆せずに色々な人の意見を聴いてみてください(ただし価値観が根本的に合わない人と話すとムカつくだけなのでおすすめしません)。そして現代ではChatGPTなども悩みを聴いてくれますから、そういうものをフル活用しても良いと思います(ただ、個人情報の入力には要注意)。
ご健闘をお祈りします。


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