お待ちしておりました!
夏がすぎて安心していたら、少し風邪を引いてしまいました。幸い、動画用の音源は録りためてあったためアップロードには影響はないですが、歌えないのは痛いですね。
さて、今回は童謡「十五夜お月さん」。名前を聞く割にはそこまで知られていない歌です。
わびしくも、かなしい歌です。童謡とは思えないほどの深みがある作品ですよね。
今回はこの「十五夜お月さん」についてクローズアップしていきましょう。
歌詞と意味
1920(大正9)年に発表されたこの歌の歌詞は、野口雨情によって書かれました。詩の原題は「十五夜お月」でしたが、のちに「十五夜お月さん」に改題されました。
歌詞

雑誌『金の船』9月号 (T9) より
十五夜 お月さん
御機嫌さん
婆ヤは お暇
とりました十五夜 お月さん
妹は
田舎へ貰られて
ゆきました十五夜 お月さん
母さんに
も一度 わたしは
逢ひたいな
“婆ヤ” とは?
私を含め、現代の人からすると、突然 “婆ヤ” が出てくると違和感がありますね。婆ヤがお暇をとった……つまり祖母が亡くなってしまったということか、と考える人もいるかもしれません。
しかしここでいう婆ヤとは、育ての母としての使用人と思われます。昔は〈ばあや〉と呼びました。なので現代でいう おばあさん とは違います。
“婆ヤはお暇をとりました” ということは、子供がある程度成長したことで、ばあやとしての役割を終え、家からいなくなってしまったということです。血は違えど育ての母。子供にとってはかけがえのない存在だったことでしょう。
使用人契約の終了のほか、長期休暇と解釈することも可能です。
背景
この歌は、野口雨情の長男・雅夫と長女・美晴子の心情に由来すると解釈されています。
雨情は1915(大正4)年に妻・ひろと離婚します。ひろは子供たちを置いて出ていきます。子供たちからしたら哀しくて仕方ありません。そのときの心情をもとに、「十五夜お月」を書いたといわれています。
ただ実際には、1917(大正6)年、雨情は、ひろに頼んで野口家に戻ってきてもらおうとし、さらにその2年後に実現しますが、再婚ではなく、子供たちのために戻ってきた形だそうです(雨情の孫・不二子の話より)。なお、1918(大正7)年、雨情は、つると再婚しているので、再婚後に前妻に戻ってきてもらうことになった形です。
「うさぎ」と「十五夜お月さん」
“うさぎ うさぎ なに見てはねる” で始まる歌があります。タイトルは「うさぎ」です。旧暦8月15日の十五夜にちなんだ、都節(陰旋法)で書かれたメロディーを持つわらべうたです(地域によって微妙にメロディーが異なっています)。
さて、ここからは少し専門的なお話になりますから、一字一句じっくりお読みください。
今回の「十五夜お月さん」は、わらべうた「うさぎ」にあやかっています。「十五夜お月さん」はイ短調という音階から成るメロディーですが、実質的には都節となっています。
都節は、イ短調に当てはまると、
ミ ファ ラ シ ド ミ
の音から構成される音階です。
一方、イ短調の音階は、
ラ シ ド レ ミ ファ ソ ラ
です。これらから4番目(レ)と7番目(ソ)を抜くと、下記のとおり、都節と同じ音構成になります(順番は異なりますが)。
ラ シ ド ミ ファ ラ
これをヨナ抜き短音階と呼んだりもして、演歌などでも多用される音階です。これが「十五夜お月さん」で使われている音階です。都節と音構成が同じなので、実質的に都節というわけです。
※ひとつ補足があり、「うさぎ」にも「十五夜お月さん」にも、都節の構成音にはない レ の音が入っています。ただこれは経過的に出てくる音であるため、都節の構成音とはみなしません。
以上だけで終わると、単にどちらも都節だということで片付いてしまいます。しかし両者が似ているのは、やはりメロディーの抑揚です。
「うさぎ」の “じゅうごやおつきさま” の部分のメロディーは、
ラ シ ド ド シ ララ ファ ミ
「十五夜お月さん」の “じゅうごやおつきさん” の部分のメロディーは、
ラ シ ド ミ シ ララ ファ
です。こうやって比較すると、同じような歌詞で同じような音づかい・抑揚そしてリズムになっていることが分かります。作曲者の本居長世は、わざとそのように作曲しています。
1番・2番、特別な3番
本居長世は、1番と2番に Andante と指示を出し、3番 Più lento と指示を出しています。
Andante はイタリア語であり、andare という動詞の現在分詞です。andare は、英語の go や walk にあたる単語なので、現在分詞だと、going や walking となります。
ですから、ゆったりと歌うのではなく、割と前向きに音楽は進んでいきます。とはいえ内容的には前向きではないので、3番の Più lento との対比として、やや速めに歌う感覚で良いかと思います。
Piu lento は、より遅くという意味です。文字どおり、3番ではより遅いテンポで歌うことになります。
ただ、本居長世は下記のように述べているので、これを考慮に入れるべきです。アルスから出版された『西洋音楽講座』内「童謡作曲」から引用します。
最初は平静に、第二章に於て繊細に、第三章に於て、はなはだ寂しく悲壮に色々変化を表しました。
第三章の伴奏をコラール風に大まかなる連続音を多く用ゐて寂しみを出したつもりです。演奏に際しても第三章は他の章より特に一段おそくならねばなりません。
家の中は遊び相手もなく自分一人ぼっちになって仕舞ったことを自覚した時に、折からの隈もなき満月を見上げては、つくづくも死んだ母さんの事を思ひ起し、嗚呼も一度母さんに逢ひたい逢ひたいと子供心にも胸の張り裂ける様な哀感にうたれて、お月さんを友達の様にしたしくも懐かしくも見て自分の心中を訴へる状が目に浮んできます。
3番が悲壮的で特別なものであることは言うまでもありませんが、1番と2番も、平静さと繊細さの表現が必要。でも、悲しみを堪えるかのごとく演奏することは、まだまだ私にとっては難しいです。


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